木こりとその嫁(1)
木こりとその嫁(1)
2024/08/20(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
昔、津軽の山奥、岩木山のふもとに、左之助(さのすけ)という若い男が住んでいた。
左之助は仲間の木こりたちと毎日山へ木を伐りにでかけた。
「おい、左之助、おまえ、まだ一本も木を切ってないではねっが」
「甚兵衛。おまえはすでに三本も倒しでいるのが。さすが村一番の力持ちだ」
「そもそもおめえがひ弱すぎる。木こりが、二日で満足に一本も木を倒せねば、木こりではねえべ」
「そういうな。これでもわしも必死じゃ」
左之助は、人には好かれるが華奢だった。斧をもちあげても、腰元がふらつき、満足に太い幹に刃を打ち付けることができなかった。木こりに向かないが仕事は好きだった。
夕暮れ、岩木山の坂道を一人でふらふらとくだっていると、向こうから若い女がやってきた。みると、腹が大きく苦しそうにみえた。
「なんじゃ、おまえさん。こんな夕暮れに山を登るんかい?」
親切に男は声をかけた。
不審そうに女が左之助を上目遣いで見た。
目が合うと、驚くほどの美貌の持ち主だった。
「失礼いたします」
女は狭い道の端に身を寄せ、左之助を脇から抜き去ろうとした。そのとき、片足が崖から滑り落ちた。左之助はあっと声をあげ、咄嗟に女の腕を強くつかんだ。女はかろうじて崖から滑り落ちずにすんだ。
「大丈夫かえ」
左之助が両手で抱え上げると、女は苦しそうに息をきらした。
「あっ、お腹が、お腹が……き、苦しい」
「痛いのか。ちょっと待ってろ」
左之助は日が落ちようとしているこの場所で大変な事態に巻き込まれた。一目散にその場から走って山道をかけ下った。誰か村のものを呼びにいかねばならない。
――産婆が良いのか?
走りながら懸命に考えた。男やもめで女に縁のない左之助には思い至らない。必死で村の唯一の老産婆の玄関をあけ、理由を素早く説明した。重い腰をあげさせ、ともに岩木山を登ろうとした頃には、すでにあたりは真っ暗闇に変貌していた。
「これではもう無理でねっが」
産婆は空を見上げ、きれいな星を確認するとそう言った。
「そっだなこと言っても若い女さ倒れてる」
そういうと、産婆を自分の背中に担ぎ上げようとした。すると、非力な男はそのままよろめき、その場に突伏した。
「言わんこっちゃね。あぎらめろ」
老婆はそう言って、下敷きになり倒れている男を抱え起こし、家の中へ消えた。
その後、男は夜道の山を必死で駆け上がり、中腹まで戻ったが、すでに女の姿はそこになかった。
「消えてしまったか。まさか崖の下ということはなかんべか」
不安になった。同時に、木こりの唯一の仕事道具、自分の斧をなくしたことに気づいた。ひょっとすると女を助けるときに、山から落としたのかもしれなかった。道が暗いため、どうにもできず、ただ茫然とあたりを見つめた。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
昔、津軽の山奥、岩木山のふもとに、左之助(さのすけ)という若い男が住んでいた。
左之助は仲間の木こりたちと毎日山へ木を伐りにでかけた。
「おい、左之助、おまえ、まだ一本も木を切ってないではねっが」
「甚兵衛。おまえはすでに三本も倒しでいるのが。さすが村一番の力持ちだ」
「そもそもおめえがひ弱すぎる。木こりが、二日で満足に一本も木を倒せねば、木こりではねえべ」
「そういうな。これでもわしも必死じゃ」
左之助は、人には好かれるが華奢だった。斧をもちあげても、腰元がふらつき、満足に太い幹に刃を打ち付けることができなかった。木こりに向かないが仕事は好きだった。
夕暮れ、岩木山の坂道を一人でふらふらとくだっていると、向こうから若い女がやってきた。みると、腹が大きく苦しそうにみえた。
「なんじゃ、おまえさん。こんな夕暮れに山を登るんかい?」
親切に男は声をかけた。
不審そうに女が左之助を上目遣いで見た。
目が合うと、驚くほどの美貌の持ち主だった。
「失礼いたします」
女は狭い道の端に身を寄せ、左之助を脇から抜き去ろうとした。そのとき、片足が崖から滑り落ちた。左之助はあっと声をあげ、咄嗟に女の腕を強くつかんだ。女はかろうじて崖から滑り落ちずにすんだ。
「大丈夫かえ」
左之助が両手で抱え上げると、女は苦しそうに息をきらした。
「あっ、お腹が、お腹が……き、苦しい」
「痛いのか。ちょっと待ってろ」
左之助は日が落ちようとしているこの場所で大変な事態に巻き込まれた。一目散にその場から走って山道をかけ下った。誰か村のものを呼びにいかねばならない。
――産婆が良いのか?
走りながら懸命に考えた。男やもめで女に縁のない左之助には思い至らない。必死で村の唯一の老産婆の玄関をあけ、理由を素早く説明した。重い腰をあげさせ、ともに岩木山を登ろうとした頃には、すでにあたりは真っ暗闇に変貌していた。
「これではもう無理でねっが」
産婆は空を見上げ、きれいな星を確認するとそう言った。
「そっだなこと言っても若い女さ倒れてる」
そういうと、産婆を自分の背中に担ぎ上げようとした。すると、非力な男はそのままよろめき、その場に突伏した。
「言わんこっちゃね。あぎらめろ」
老婆はそう言って、下敷きになり倒れている男を抱え起こし、家の中へ消えた。
その後、男は夜道の山を必死で駆け上がり、中腹まで戻ったが、すでに女の姿はそこになかった。
「消えてしまったか。まさか崖の下ということはなかんべか」
不安になった。同時に、木こりの唯一の仕事道具、自分の斧をなくしたことに気づいた。ひょっとすると女を助けるときに、山から落としたのかもしれなかった。道が暗いため、どうにもできず、ただ茫然とあたりを見つめた。
つづく
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昔、津軽の山奥、岩木山のふもとに、左之助(さのすけ)という若い男が住んでいた。
左之助は仲間の木こりたちと毎日山へ木を伐りにでかけた。
「おい、左之助、おまえ、まだ一本も木を切ってないではねっが」
「甚兵衛。おまえはすでに三本も倒しでいるのが。さすが村一番の力持ちだ」
「そもそもおめえがひ弱すぎる。木こりが、二日で満足に一本も木を倒せねば、木こりではねえべ」
「そういうな。これでもわしも必死じゃ」
左之助は、人には好かれるが華奢だった。斧をもちあげても、腰元がふらつき、満足に太い幹に刃を打ち付けることができなかった。木こりに向かないが仕事は好きだった。
夕暮れ、岩木山の坂道を一人でふらふらとくだっていると、向こうから若い女がやってきた。みると、腹が大きく苦しそうにみえた。
「なんじゃ、おまえさん。こんな夕暮れに山を登るんかい?」
親切に男は声をかけた。
不審そうに女が左之助を上目遣いで見た。
昔、津軽の山奥、岩木山のふもとに、左之助(さのすけ)という若い男が住んでいた。
左之助は仲間の木こりたちと毎日山へ木を伐りにでかけた。
「おい、左之助、おまえ、まだ一本も木を切ってないではねっが」
「甚兵衛。おまえはすでに三本も倒しでいるのが。さすが村一番の力持ちだ」
「そもそもおめえがひ弱すぎる。木こりが、二日で満足に一本も木を倒せねば、木こりではねえべ」
「そういうな。これでもわしも必死じゃ」
左之助は、人には好かれるが華奢だった。斧をもちあげても、腰元がふらつき、満足に太い幹に刃を打ち付けることができなかった。木こりに向かないが仕事は好きだった。
夕暮れ、岩木山の坂道を一人でふらふらとくだっていると、向こうから若い女がやってきた。みると、腹が大きく苦しそうにみえた。
「なんじゃ、おまえさん。こんな夕暮れに山を登るんかい?」
親切に男は声をかけた。
不審そうに女が左之助を上目遣いで見た。
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