木こりとその嫁(2)
木こりとその嫁(2)
2024/08/27(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
それから、十数年の月日が経った。
力は依然ないものの、左之助は木こりを続けていた。稼ぎが少ないせいか、嫁はなく、ひとりでひっそりと村で暮らしていた。すでに三十を過ぎていた。
村人は気の毒がって縁談をいくつか持ってきた。しかしどの女も、非力な男を旦那としたがらなかった。
ある秋の夜。
鈴虫の鳴き声が一瞬止まったとき、家の戸が鳴った。
「こんな時間に誰じゃ」
がたがたと横に滑らせると、目の前に白い着物姿の女がうつむき立っていた。
「夜更けにどうしたのじゃ?」
心配そうに尋ねると、女は黙っていた。
「外は冷えてき。まあ、中に入れ」
左之助が親切心でそういうと、女は、頷き家の土間に足を踏み入れた。寒さで震えている様子だった。
「いま、部屋を暖めてやるから、まっとれ」
外に山積みとなっている薪をいくつか抱え、男は土間の竈にくべた。女の顔を盗み見ると、まつげが長く、それはたいそう美しい女だった。どこかで見たことがある気もする。
「腹も減っているだろう」
男は飯を炊き、残り汁もあたためてやった。
「名前は?」
「……吉津(きつ)といいます」
消え入りそうな声だった。
そこから左之助と吉津の不思議な生活がはじまった。女は寡黙だが気立てよく、働き者だった。
三日たち、ひと月が経過し、山が真っ白な雪で覆われても、不思議とその女は左之助の家から出ていかなかった。
訊ねてみても、どこからやってきたのか要領を得なかった。岩木山の近くからやってきたということだけは間違いなさそうだった。
「吉津よ、おまえはいつまでこの家にいる気なのだ。わしはかまわんが、家族は心配しているのではないか?」
「身内はおりません」
「一人ものの家にずっといるど、悪い噂がたつ。おまえさんのためにもならねえ」
すでに、村では噂となっている。あの非力の木こりの家に、綺麗な若い女が一緒に住みはじめた、という話を村で知らないものはいない。
「嫁入り前だろ。そろそろここから出ていったほうがいんでねっが」
「迷惑でしょうか?」
「わしはかまわんが。やはり……」
「こ、ここにいたいのです」
女がはじめて自分の意思を示した。男はあまりにまっすぐな言葉に耳を疑った。
もう一度確認しても、ここにいたい、の一点張りだった。か細くも、本心だということは男にも理解できた。
「それはわしと一緒になっても良い、いうごとか?」
鈍い男でもさすがに女の意図が理解できた。
そう訊ねると女は耳を赤らめ、黙って頷いた。
それから間もなく二人の祝言が村で盛大に行われた。村の男の誰もが、左之助を羨ましがった。
どうして力なく優しいだけの三十男に、綺麗な若い嫁がきたのか、といぶかしがるものもいた。中には、わけあり女で、どこかの村を追い出されてきた、とか、実は化け物なのではないか、などと悪く言うものもいた。
しかし、左之助は一向に気にしなかった。
一年ほど経つと、吉津の腹がでかくなりはじめた。
「いよいよ、わしらにも子ができるのか」
左之助は囲炉裏前で、吉津の頬を染める表情を眺めていた。幸せな時間だった。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
それから、十数年の月日が経った。
力は依然ないものの、左之助は木こりを続けていた。稼ぎが少ないせいか、嫁はなく、ひとりでひっそりと村で暮らしていた。すでに三十を過ぎていた。
村人は気の毒がって縁談をいくつか持ってきた。しかしどの女も、非力な男を旦那としたがらなかった。
ある秋の夜。
鈴虫の鳴き声が一瞬止まったとき、家の戸が鳴った。
「こんな時間に誰じゃ」
がたがたと横に滑らせると、目の前に白い着物姿の女がうつむき立っていた。
「夜更けにどうしたのじゃ?」
心配そうに尋ねると、女は黙っていた。
「外は冷えてき。まあ、中に入れ」
左之助が親切心でそういうと、女は、頷き家の土間に足を踏み入れた。寒さで震えている様子だった。
「いま、部屋を暖めてやるから、まっとれ」
外に山積みとなっている薪をいくつか抱え、男は土間の竈にくべた。女の顔を盗み見ると、まつげが長く、それはたいそう美しい女だった。どこかで見たことがある気もする。
「腹も減っているだろう」
男は飯を炊き、残り汁もあたためてやった。
「名前は?」
「……吉津(きつ)といいます」
消え入りそうな声だった。
そこから左之助と吉津の不思議な生活がはじまった。女は寡黙だが気立てよく、働き者だった。
三日たち、ひと月が経過し、山が真っ白な雪で覆われても、不思議とその女は左之助の家から出ていかなかった。
訊ねてみても、どこからやってきたのか要領を得なかった。岩木山の近くからやってきたということだけは間違いなさそうだった。
「吉津よ、おまえはいつまでこの家にいる気なのだ。わしはかまわんが、家族は心配しているのではないか?」
「身内はおりません」
「一人ものの家にずっといるど、悪い噂がたつ。おまえさんのためにもならねえ」
すでに、村では噂となっている。あの非力の木こりの家に、綺麗な若い女が一緒に住みはじめた、という話を村で知らないものはいない。
「嫁入り前だろ。そろそろここから出ていったほうがいんでねっが」
「迷惑でしょうか?」
「わしはかまわんが。やはり……」
「こ、ここにいたいのです」
女がはじめて自分の意思を示した。男はあまりにまっすぐな言葉に耳を疑った。
もう一度確認しても、ここにいたい、の一点張りだった。か細くも、本心だということは男にも理解できた。
「それはわしと一緒になっても良い、いうごとか?」
鈍い男でもさすがに女の意図が理解できた。
そう訊ねると女は耳を赤らめ、黙って頷いた。
それから間もなく二人の祝言が村で盛大に行われた。村の男の誰もが、左之助を羨ましがった。
どうして力なく優しいだけの三十男に、綺麗な若い嫁がきたのか、といぶかしがるものもいた。中には、わけあり女で、どこかの村を追い出されてきた、とか、実は化け物なのではないか、などと悪く言うものもいた。
しかし、左之助は一向に気にしなかった。
一年ほど経つと、吉津の腹がでかくなりはじめた。
「いよいよ、わしらにも子ができるのか」
左之助は囲炉裏前で、吉津の頬を染める表情を眺めていた。幸せな時間だった。
つづく
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それから、十数年の月日が経った。
力は依然ないものの、左之助は木こりを続けていた。稼ぎが少ないせいか、嫁はなく、ひとりでひっそりと村で暮らしていた。すでに三十を過ぎていた。
村人は気の毒がって縁談をいくつか持ってきた。しかしどの女も、非力な男を旦那としたがらなかった。
ある秋の夜。
鈴虫の鳴き声が一瞬止まったとき、家の戸が鳴った。
「こんな時間に誰じゃ」
がたがたと横に滑らせると、目の前に白い着物姿の女がうつむき立っていた。
「夜更けにどうしたのじゃ?」
心配そうに尋ねると、女は黙っていた。
「外は冷えてき。まあ、中に入れ」
左之助が親切心でそういうと、女は、頷き家の土間に足を踏み入れた。寒さで震えている様子だった。
「いま、部屋を暖めてやるから、まっとれ」
外に山積みとなっている薪をいくつか抱え、男は土間の竈にくべた。女の顔を盗み見ると、まつげが長く、それはたいそう美しい女だった。どこかで見たことがある気もする。
それから、十数年の月日が経った。
力は依然ないものの、左之助は木こりを続けていた。稼ぎが少ないせいか、嫁はなく、ひとりでひっそりと村で暮らしていた。すでに三十を過ぎていた。
村人は気の毒がって縁談をいくつか持ってきた。しかしどの女も、非力な男を旦那としたがらなかった。
ある秋の夜。
鈴虫の鳴き声が一瞬止まったとき、家の戸が鳴った。
「こんな時間に誰じゃ」
がたがたと横に滑らせると、目の前に白い着物姿の女がうつむき立っていた。
「夜更けにどうしたのじゃ?」
心配そうに尋ねると、女は黙っていた。
「外は冷えてき。まあ、中に入れ」
左之助が親切心でそういうと、女は、頷き家の土間に足を踏み入れた。寒さで震えている様子だった。
「いま、部屋を暖めてやるから、まっとれ」
外に山積みとなっている薪をいくつか抱え、男は土間の竈にくべた。女の顔を盗み見ると、まつげが長く、それはたいそう美しい女だった。どこかで見たことがある気もする。
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