与五郎ザル(3)
与五郎ザル(3)
2024/08/13(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
ばあさんはぼんやりと話を続けた。
仏様がこのようにおっしゃったという。
「おまえの寿命は今日で尽きる予定。しかし、先ほどおまえの身代わりになりたい、というものがこの場所にやってきて、その三途の川を先に渡ってしまった」
自分は死ぬ運命だったのか?とばあさんは訊ねた。
「そうじゃ。そしてそのものの懇願する言葉がどうにも神妙なので、特別に今回は、そのものの寿命と引き換えに、そなたを人間界に戻すことにした」
その身代わりになってくださったかたは?
と続けると、仏様がこう答えた。
「一匹のサルじゃ……。どうやら、おまえの亭主である与五郎に昔助けられたことのあるサルの娘だという」
そこまで話、ばあさんが二度、咳き込んだ。
与五郎は水をもってきて、あわてて飲ませた。
ひと口、水を含んで、仏様はこう続けられたのです、とばあさんが再び話し始めた。
「そのサルは恩返しをしようと、事あるごとに与五郎の前に姿を現した。今は子供もいて母ザルになっているが。薪が売れるために、良く火に燃える楢やクヌギといった薪だけを与五郎が森から持ち去るよう、雨に濡れた枝は投げ捨て、選別していたのじゃ」
与五郎はそこまで話を聞き、あっと声をあげた。すべてがつながり、与五郎はあのサルのどこか憎めない顔を思い出した。
――昔、助けたサルの子供だったのか。
与五郎はその事実に衝撃を受け、悲しみが胸を襲った。
仏さまは更にこう続けた、という。
「あの日、家に賊が入り、銭とともにお前の命も奪われるはずだった。庭に潜んでいたサルの家族がその異変に気付き、噛みつき、追い返した。そこへ、お前がやってきて、大きな柿の木の根に気づかず、足をとられ転んだのだ。すると、母親ザルが飛び出し、おまえの身代わりとなり下敷きとなって、三途の川前までやってきた。哀れな」
――しかし、あの日、ばあさんを抱えおこしたときに、サルなど見当たらなかったはずじゃ。
じいさんは首を傾げた。
仏様が更におっしゃった。
「そのサルの子供たちが、下敷きになって死んだ親ザルを、泣きながら引っ張りだしたのだ。そのまま山へそっと運んだ。自分の母親が恩返しをするため、早くから身代わりで死ぬことを聞かされた子供たちはどんな思いだったと思う。それを言い含めた母親ザルはどんなに悲しく、つらかったであろうか。その見事な心根に打たれ、おまえの身代わりをゆるしたのだ」
そこまでばあさんが涙ながらに説明しおえると、わっと声をあげ、与五郎は泣いた。
「わたしたち夫婦を見守ってくれていたのか」
じいさんは涙があふれ、どうにも止まらなかった。嗚咽が漏れた。
いろいろと与五郎に合図をおくっていたサルの優しい心根に、気づけない己を悔やんだ。
二人で抱き合って泣いた。
「すまなかった。すまなかった」
じいさんは何度も何度もあのサルを思い返しては、手を合わせ、そう涙声で繰り返した。
その後、ばあさんは長生きし、その身代わりとなったサルの分まで、寿命を全うした。与五郎より先にあの世に旅立ったが悔いはなかった。もっと早くに離れていたかもしれないばあさんを、精一杯、与五郎は大切にできたからだ。
じいさんは時折、身代わりとなり早くに亡くなったあのサルの笑顔と尻を叩く姿も同時に思い出す。
気づかせるための合図だったのかとおもうと、そのたびに理解できなかった自分を悔やむ。親を早くに失った子ザルたちは元気でやっているだろうか、と不憫に思い、山のなかを探し回った。しかし、それ以降、サル達に出くわすことはなかった。
与五郎は山奥に小さな祠をたて、サルを供養した。与五郎に恩返しし、身代わりとなったサルの子孫たちということで、あたりのサルは「与五郎ザル」と呼ばれ、いまでも地元の村人たちに人気がある、という。
了
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
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ばあさんはぼんやりと話を続けた。
仏様がこのようにおっしゃったという。
「おまえの寿命は今日で尽きる予定。しかし、先ほどおまえの身代わりになりたい、というものがこの場所にやってきて、その三途の川を先に渡ってしまった」
自分は死ぬ運命だったのか?とばあさんは訊ねた。
「そうじゃ。そしてそのものの懇願する言葉がどうにも神妙なので、特別に今回は、そのものの寿命と引き換えに、そなたを人間界に戻すことにした」
その身代わりになってくださったかたは?
と続けると、仏様がこう答えた。
「一匹のサルじゃ……。どうやら、おまえの亭主である与五郎に昔助けられたことのあるサルの娘だという」
そこまで話、ばあさんが二度、咳き込んだ。
与五郎は水をもってきて、あわてて飲ませた。
ひと口、水を含んで、仏様はこう続けられたのです、とばあさんが再び話し始めた。
「そのサルは恩返しをしようと、事あるごとに与五郎の前に姿を現した。今は子供もいて母ザルになっているが。薪が売れるために、良く火に燃える楢やクヌギといった薪だけを与五郎が森から持ち去るよう、雨に濡れた枝は投げ捨て、選別していたのじゃ」
与五郎はそこまで話を聞き、あっと声をあげた。すべてがつながり、与五郎はあのサルのどこか憎めない顔を思い出した。
――昔、助けたサルの子供だったのか。
与五郎はその事実に衝撃を受け、悲しみが胸を襲った。
仏さまは更にこう続けた、という。
「あの日、家に賊が入り、銭とともにお前の命も奪われるはずだった。庭に潜んでいたサルの家族がその異変に気付き、噛みつき、追い返した。そこへ、お前がやってきて、大きな柿の木の根に気づかず、足をとられ転んだのだ。すると、母親ザルが飛び出し、おまえの身代わりとなり下敷きとなって、三途の川前までやってきた。哀れな」
――しかし、あの日、ばあさんを抱えおこしたときに、サルなど見当たらなかったはずじゃ。
じいさんは首を傾げた。
仏様が更におっしゃった。
「そのサルの子供たちが、下敷きになって死んだ親ザルを、泣きながら引っ張りだしたのだ。そのまま山へそっと運んだ。自分の母親が恩返しをするため、早くから身代わりで死ぬことを聞かされた子供たちはどんな思いだったと思う。それを言い含めた母親ザルはどんなに悲しく、つらかったであろうか。その見事な心根に打たれ、おまえの身代わりをゆるしたのだ」
そこまでばあさんが涙ながらに説明しおえると、わっと声をあげ、与五郎は泣いた。
「わたしたち夫婦を見守ってくれていたのか」
じいさんは涙があふれ、どうにも止まらなかった。嗚咽が漏れた。
いろいろと与五郎に合図をおくっていたサルの優しい心根に、気づけない己を悔やんだ。
二人で抱き合って泣いた。
「すまなかった。すまなかった」
じいさんは何度も何度もあのサルを思い返しては、手を合わせ、そう涙声で繰り返した。
その後、ばあさんは長生きし、その身代わりとなったサルの分まで、寿命を全うした。与五郎より先にあの世に旅立ったが悔いはなかった。もっと早くに離れていたかもしれないばあさんを、精一杯、与五郎は大切にできたからだ。
じいさんは時折、身代わりとなり早くに亡くなったあのサルの笑顔と尻を叩く姿も同時に思い出す。
気づかせるための合図だったのかとおもうと、そのたびに理解できなかった自分を悔やむ。親を早くに失った子ザルたちは元気でやっているだろうか、と不憫に思い、山のなかを探し回った。しかし、それ以降、サル達に出くわすことはなかった。
与五郎は山奥に小さな祠をたて、サルを供養した。与五郎に恩返しし、身代わりとなったサルの子孫たちということで、あたりのサルは「与五郎ザル」と呼ばれ、いまでも地元の村人たちに人気がある、という。
了
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(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
ばあさんはぼんやりと話を続けた。
仏様がこのようにおっしゃったという。
「おまえの寿命は今日で尽きる予定。しかし、先ほどおまえの身代わりになりたい、というものがこの場所にやってきて、その三途の川を先に渡ってしまった」
自分は死ぬ運命だったのか?とばあさんは訊ねた。
「そうじゃ。そしてそのものの懇願する言葉がどうにも神妙なので、特別に今回は、そのものの寿命と引き換えに、そなたを人間界に戻すことにした」
その身代わりになってくださったかたは?
と続けると、仏様がこう答えた。
「一匹のサルじゃ……。どうやら、おまえの亭主である与五郎に昔助けられたことのあるサルの娘だという」
そこまで話、ばあさんが二度、咳き込んだ。
与五郎は水をもってきて、あわてて飲ませた。
ひと口、水を含んで、仏様はこう続けられたのです、とばあさんが再び話し始めた。
「そのサルは恩返しをしようと、事あるごとに与五郎の前に姿を現した。今は子供もいて母ザルになっているが。薪が売れるために、良く火に燃える楢やクヌギといった薪だけを与五郎が森から持ち去るよう、雨に濡れた枝は投げ捨て、選別していたのじゃ」
与五郎はそこまで話を聞き、あっと声をあげた。すべてがつながり、与五郎はあのサルのどこか憎めない顔を思い出した。
――昔、助けたサルの子供だったのか。
与五郎はその事実に衝撃を受け、悲しみが胸を襲った。
ばあさんはぼんやりと話を続けた。
仏様がこのようにおっしゃったという。
「おまえの寿命は今日で尽きる予定。しかし、先ほどおまえの身代わりになりたい、というものがこの場所にやってきて、その三途の川を先に渡ってしまった」
自分は死ぬ運命だったのか?とばあさんは訊ねた。
「そうじゃ。そしてそのものの懇願する言葉がどうにも神妙なので、特別に今回は、そのものの寿命と引き換えに、そなたを人間界に戻すことにした」
その身代わりになってくださったかたは?
と続けると、仏様がこう答えた。
「一匹のサルじゃ……。どうやら、おまえの亭主である与五郎に昔助けられたことのあるサルの娘だという」
そこまで話、ばあさんが二度、咳き込んだ。
与五郎は水をもってきて、あわてて飲ませた。
ひと口、水を含んで、仏様はこう続けられたのです、とばあさんが再び話し始めた。
「そのサルは恩返しをしようと、事あるごとに与五郎の前に姿を現した。今は子供もいて母ザルになっているが。薪が売れるために、良く火に燃える楢やクヌギといった薪だけを与五郎が森から持ち去るよう、雨に濡れた枝は投げ捨て、選別していたのじゃ」
与五郎はそこまで話を聞き、あっと声をあげた。すべてがつながり、与五郎はあのサルのどこか憎めない顔を思い出した。
――昔、助けたサルの子供だったのか。
与五郎はその事実に衝撃を受け、悲しみが胸を襲った。
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