六兵衛の願い(2)
六兵衛の願い(2)
2024/10/01(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
まもなく、六兵衛に安心したのか、南無阿弥陀仏、と唱え始めた。
黙々と唱え続けているが、百万回はさすがに長かった。
次第に、六兵衛の腕が赤子に耐え切れなくなり、重くなった。が、そこは普通の頭とは異なるようで、六兵衛は重さではなく別のことを考えはじめた。
自分も女のお経を耳にしながら、仏様を思い描いていった。
気づくと百万回が終わり、夜になっていた。
「無事に唱え終わりました。ありがとうございます」
「以外に、あっという間だったな」
気の優しい六兵衛は、お経を唱え終った女に赤ん坊を戻した。
「あなたに感謝いたします。お名前は?」
「六兵衛」
「これでわたしたち二人は成仏できます。お礼に、六兵衛さんの願いごとをひとつ叶えてさしあげます」
六兵衛は素直だ。疑心暗鬼という言葉を知らない。嬉しくなった。念仏を百万回も唱え聞くなど一生にあるかないかである。そのうえ、望みをかなえてくれるという。 「なぜ、あなたはこんな山奥まで歩いてきたのですか?」
そう聞かれ、六兵衛は理由を思いだそうとした。
「そうだった。自分は阿呆で村人に馬鹿にされ困っていたのだ。頭が少しでも良くなれば親も安心しよう。それが動機だった」
そう告げると、女が頷いた。
「では、あなたの頭を良くする、ということでよろしいですね?」
女が急に輝きを放った。
六兵衛が頷きかけたその時、不意に、布団で瀕死の父親の姿が頭をよぎった。
「ちょ、ちょっと待て。願いは違う。わたしは父親の命を救ってほしい」
六兵衛は女に向かってまっすぐにそう伝えた。
女は、そこで笑った。女の表情がみるみる穏やかに変貌し、天女のように柔らかい表情に変わった。
そして、六兵衛の左腕をぐいと引っ張り、天高く舞い上がった。六兵衛の身体もふわりと上空に浮き上がり、あっという間に星空の世界に吸い込まれていった。あまりの恐怖に、六兵衛は絶叫した。しかし声にはならない。強力な竜巻に吸い上げられるように腕をつかまれたまま、果てしなく高い場所まで上昇した。
「ありがとう。六兵衛。お幸せに」
女がそこで笑い、突然、握っていた六兵衛の腕を放した。
「ぎゃああああっ」
真っ逆さまに六兵衛は地上に落下した。雲を突き破り、緑覆う山深い場所へ頭ごと突っ込んでいく。
そして、地上にぶつかる寸前にこう思った。
――地面ではなく、沼に頭から落ちれば助かるのではないか。
その思考はいままでにないものだった。六兵衛の経験にない、判断力、だった。たったいま、自分が生きるためにどうしたらいいのか、という知恵のようなものが湧きはじめた。
そう考えた途端、なぜか、自分の頭の先が地面ではなく、沼に向かいはじめた。
そのまま、六兵衛は頭の先から、ずぼりと沼に落ちた。水が弾ける。目の前が衝撃で光に包まれた。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
まもなく、六兵衛に安心したのか、南無阿弥陀仏、と唱え始めた。
黙々と唱え続けているが、百万回はさすがに長かった。
次第に、六兵衛の腕が赤子に耐え切れなくなり、重くなった。が、そこは普通の頭とは異なるようで、六兵衛は重さではなく別のことを考えはじめた。
自分も女のお経を耳にしながら、仏様を思い描いていった。
気づくと百万回が終わり、夜になっていた。
「無事に唱え終わりました。ありがとうございます」
「以外に、あっという間だったな」
気の優しい六兵衛は、お経を唱え終った女に赤ん坊を戻した。
「あなたに感謝いたします。お名前は?」
「六兵衛」
「これでわたしたち二人は成仏できます。お礼に、六兵衛さんの願いごとをひとつ叶えてさしあげます」
六兵衛は素直だ。疑心暗鬼という言葉を知らない。嬉しくなった。念仏を百万回も唱え聞くなど一生にあるかないかである。そのうえ、望みをかなえてくれるという。 「なぜ、あなたはこんな山奥まで歩いてきたのですか?」
そう聞かれ、六兵衛は理由を思いだそうとした。
「そうだった。自分は阿呆で村人に馬鹿にされ困っていたのだ。頭が少しでも良くなれば親も安心しよう。それが動機だった」
そう告げると、女が頷いた。
「では、あなたの頭を良くする、ということでよろしいですね?」
女が急に輝きを放った。
六兵衛が頷きかけたその時、不意に、布団で瀕死の父親の姿が頭をよぎった。
「ちょ、ちょっと待て。願いは違う。わたしは父親の命を救ってほしい」
六兵衛は女に向かってまっすぐにそう伝えた。
女は、そこで笑った。女の表情がみるみる穏やかに変貌し、天女のように柔らかい表情に変わった。
そして、六兵衛の左腕をぐいと引っ張り、天高く舞い上がった。六兵衛の身体もふわりと上空に浮き上がり、あっという間に星空の世界に吸い込まれていった。あまりの恐怖に、六兵衛は絶叫した。しかし声にはならない。強力な竜巻に吸い上げられるように腕をつかまれたまま、果てしなく高い場所まで上昇した。
「ありがとう。六兵衛。お幸せに」
女がそこで笑い、突然、握っていた六兵衛の腕を放した。
「ぎゃああああっ」
真っ逆さまに六兵衛は地上に落下した。雲を突き破り、緑覆う山深い場所へ頭ごと突っ込んでいく。
そして、地上にぶつかる寸前にこう思った。
――地面ではなく、沼に頭から落ちれば助かるのではないか。
その思考はいままでにないものだった。六兵衛の経験にない、判断力、だった。たったいま、自分が生きるためにどうしたらいいのか、という知恵のようなものが湧きはじめた。
そう考えた途端、なぜか、自分の頭の先が地面ではなく、沼に向かいはじめた。
そのまま、六兵衛は頭の先から、ずぼりと沼に落ちた。水が弾ける。目の前が衝撃で光に包まれた。
つづく
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まもなく、六兵衛に安心したのか、南無阿弥陀仏、と唱え始めた。
黙々と唱え続けているが、百万回はさすがに長かった。
次第に、六兵衛の腕が赤子に耐え切れなくなり、重くなった。が、そこは普通の頭とは異なるようで、六兵衛は重さではなく別のことを考えはじめた。
自分も女のお経を耳にしながら、仏様を思い描いていった。
気づくと百万回が終わり、夜になっていた。
「無事に唱え終わりました。ありがとうございます」
「以外に、あっという間だったな」
気の優しい六兵衛は、お経を唱え終った女に赤ん坊を戻した。
「あなたに感謝いたします。お名前は?」
「六兵衛」
「これでわたしたち二人は成仏できます。お礼に、六兵衛さんの願いごとをひとつ叶えてさしあげます」
六兵衛は素直だ。疑心暗鬼という言葉を知らない。嬉しくなった。念仏を百万回も唱え聞くなど一生にあるかないかである。そのうえ、望みをかなえてくれるという。
まもなく、六兵衛に安心したのか、南無阿弥陀仏、と唱え始めた。
黙々と唱え続けているが、百万回はさすがに長かった。
次第に、六兵衛の腕が赤子に耐え切れなくなり、重くなった。が、そこは普通の頭とは異なるようで、六兵衛は重さではなく別のことを考えはじめた。
自分も女のお経を耳にしながら、仏様を思い描いていった。
気づくと百万回が終わり、夜になっていた。
「無事に唱え終わりました。ありがとうございます」
「以外に、あっという間だったな」
気の優しい六兵衛は、お経を唱え終った女に赤ん坊を戻した。
「あなたに感謝いたします。お名前は?」
「六兵衛」
「これでわたしたち二人は成仏できます。お礼に、六兵衛さんの願いごとをひとつ叶えてさしあげます」
六兵衛は素直だ。疑心暗鬼という言葉を知らない。嬉しくなった。念仏を百万回も唱え聞くなど一生にあるかないかである。そのうえ、望みをかなえてくれるという。
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