六兵衛の願い(1)
六兵衛の願い(1)
2024/09/17(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
昔、上野国(こうずけ・現・栃木県)の山奥に「六兵衛」という庄屋の息子がいた。この男は村でも評判の阿呆(あほう)で、年は二十だった。
庄屋は妻を早くに無くし、一人息子である幼い六兵衛をたいそうかわいがった。
今年になってから、死人を多くだした流行り病に庄屋がかかった。
この村は二百石ほどの貧しい村で、病にかかってもろくな医者もおらず、死を待つほかなかった。
「庄屋様がそろそろ危ないらしい」
村に住む佐平(さへい)と銀治(ぎんじ)がぼやいた。病の影響で庄屋が日に日にやつれている。
「あの方は、我々水吞百姓(どんびゃくしょう)にもお優しい。素晴らしい方だ。長生きしてほしいものじゃ」
「それにしても息子のことが心配であろう」
「六兵衛のことじゃな。あれだけはいかん。どうにもならない。先日も道端でばったり会ったから頭をさげたら、名は何と申す、と何度も聞かれた。生まれてから百回以上も会っているわしの名をいまだに覚えない」
「それでどうした」
「説明したが、ぽかんと口をあけて話にならなかった」
「あれでは庄屋様も逝くにいけないはずじゃ」
村人が至る場所で似たようなことをささやいていた。
六兵衛も困っていた。生まれたときから人の顔が覚えられず、記憶できないことが多かった。
いまでも下々の村人に馬鹿にされるほどだったので、自分が嫌になり、村を出ることにした。先日も村人数人に囲まれ、交互に挨拶されたが名を思い出せなかった。
しかし、不思議と赤子や村の子供には好かれた。子供たちは「六兵衛さん、六兵衛さん」と寄ってきては、一緒に川べりに座り、沢蟹をとっては遊んだ。
普通なら息子である自分が、村を守るため、世話役をそろそろ世襲しなければならない、ということは理解している。
だが、それどころではなかった。村人に信望すらないのだ。
村の庄屋である父親が危篤状態だが、迷わず、旅に出ようとおもった。そこが阿呆と呼ばれるこの男の性質なのかもしれなかった。
「ずいぶんと歩いたな。あの山を越えると、どこか別の国になるのだろうか」
ぼやきながら二日の間、ぶっ通しで山道を歩いていた。いつのまにか暗い森の中に迷い込んだ。目の前に沼があった。
少し寒くなってきたので、休もうと思った。
六兵衛は沼の淵の岩に腰かけた。
すると、目の前に赤ん坊を抱いた女が立っているのがみえた。
「あんたは誰だい?」
そう訊ねると、恨めしそうな目つきで六兵衛をみつめてきた。
「わたしは昔、ここで死んだものです」
「おお、それは気の毒。どうして死んだ?」
「わたしは生まれつき阿呆と呼ばれ、村でいじめられておりました。あるとき旅の僧との間に、赤ん坊ができました。生まれると、村外の人間との間にできた赤ん坊は不気味だ、殺せ、と村中から責められました。わたしは遠いこの山奥まで逃げ、子供とともに沼に身を投げたのです」
「ますます気の毒だ。成仏できないのか?」
「はい」
「これからどうする?」
「ひとつだけ成仏できる方法があるのです」
「なにをすると良い?」
「南無阿弥陀仏、と百万回唱えると成仏できるのですが」
「唱えればいいではないか」
「簡単におっしゃいますが、この子がすぐに泣き、唱えきることができないのです」
「ではわしが子を預かっておこう。その間に唱えればよいではないか」
六兵衛はいとも簡単に、女の腕から赤ん坊をとりあげた。少し重かったが、我慢して赤ん坊を抱いた。
よく泣くというその赤ん坊は、六兵衛の顔を見ると、泣き止み、笑った。
六兵衛が頬を膨らませたりへこませたりすると、けらけらと声をあげ笑った。
女は不思議そうに子供の姿を見ていた。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
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昔、上野国(こうずけ・現・栃木県)の山奥に「六兵衛」という庄屋の息子がいた。この男は村でも評判の阿呆(あほう)で、年は二十だった。
庄屋は妻を早くに無くし、一人息子である幼い六兵衛をたいそうかわいがった。
今年になってから、死人を多くだした流行り病に庄屋がかかった。
この村は二百石ほどの貧しい村で、病にかかってもろくな医者もおらず、死を待つほかなかった。
「庄屋様がそろそろ危ないらしい」
村に住む佐平(さへい)と銀治(ぎんじ)がぼやいた。病の影響で庄屋が日に日にやつれている。
「あの方は、我々水吞百姓(どんびゃくしょう)にもお優しい。素晴らしい方だ。長生きしてほしいものじゃ」
「それにしても息子のことが心配であろう」
「六兵衛のことじゃな。あれだけはいかん。どうにもならない。先日も道端でばったり会ったから頭をさげたら、名は何と申す、と何度も聞かれた。生まれてから百回以上も会っているわしの名をいまだに覚えない」
「それでどうした」
「説明したが、ぽかんと口をあけて話にならなかった」
「あれでは庄屋様も逝くにいけないはずじゃ」
村人が至る場所で似たようなことをささやいていた。
六兵衛も困っていた。生まれたときから人の顔が覚えられず、記憶できないことが多かった。
いまでも下々の村人に馬鹿にされるほどだったので、自分が嫌になり、村を出ることにした。先日も村人数人に囲まれ、交互に挨拶されたが名を思い出せなかった。
しかし、不思議と赤子や村の子供には好かれた。子供たちは「六兵衛さん、六兵衛さん」と寄ってきては、一緒に川べりに座り、沢蟹をとっては遊んだ。
普通なら息子である自分が、村を守るため、世話役をそろそろ世襲しなければならない、ということは理解している。
だが、それどころではなかった。村人に信望すらないのだ。
村の庄屋である父親が危篤状態だが、迷わず、旅に出ようとおもった。そこが阿呆と呼ばれるこの男の性質なのかもしれなかった。
「ずいぶんと歩いたな。あの山を越えると、どこか別の国になるのだろうか」
ぼやきながら二日の間、ぶっ通しで山道を歩いていた。いつのまにか暗い森の中に迷い込んだ。目の前に沼があった。
少し寒くなってきたので、休もうと思った。
六兵衛は沼の淵の岩に腰かけた。
すると、目の前に赤ん坊を抱いた女が立っているのがみえた。
「あんたは誰だい?」
そう訊ねると、恨めしそうな目つきで六兵衛をみつめてきた。
「わたしは昔、ここで死んだものです」
「おお、それは気の毒。どうして死んだ?」
「わたしは生まれつき阿呆と呼ばれ、村でいじめられておりました。あるとき旅の僧との間に、赤ん坊ができました。生まれると、村外の人間との間にできた赤ん坊は不気味だ、殺せ、と村中から責められました。わたしは遠いこの山奥まで逃げ、子供とともに沼に身を投げたのです」
「ますます気の毒だ。成仏できないのか?」
「はい」
「これからどうする?」
「ひとつだけ成仏できる方法があるのです」
「なにをすると良い?」
「南無阿弥陀仏、と百万回唱えると成仏できるのですが」
「唱えればいいではないか」
「簡単におっしゃいますが、この子がすぐに泣き、唱えきることができないのです」
「ではわしが子を預かっておこう。その間に唱えればよいではないか」
六兵衛はいとも簡単に、女の腕から赤ん坊をとりあげた。少し重かったが、我慢して赤ん坊を抱いた。
よく泣くというその赤ん坊は、六兵衛の顔を見ると、泣き止み、笑った。
六兵衛が頬を膨らませたりへこませたりすると、けらけらと声をあげ笑った。
女は不思議そうに子供の姿を見ていた。
つづく
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昔、上野国(こうずけ・現・栃木県)の山奥に「六兵衛」という庄屋の息子がいた。この男は村でも評判の阿呆(あほう)で、年は二十だった。
庄屋は妻を早くに無くし、一人息子である幼い六兵衛をたいそうかわいがった。
今年になってから、死人を多くだした流行り病に庄屋がかかった。
この村は二百石ほどの貧しい村で、病にかかってもろくな医者もおらず、死を待つほかなかった。
「庄屋様がそろそろ危ないらしい」
村に住む佐平(さへい)と銀治(ぎんじ)がぼやいた。病の影響で庄屋が日に日にやつれている。
「あの方は、我々水吞百姓(どんびゃくしょう)にもお優しい。素晴らしい方だ。長生きしてほしいものじゃ」
「それにしても息子のことが心配であろう」
「六兵衛のことじゃな。あれだけはいかん。どうにもならない。先日も道端でばったり会ったから頭をさげたら、名は何と申す、と何度も聞かれた。生まれてから百回以上も会っているわしの名をいまだに覚えない」
「それでどうした」
「説明したが、ぽかんと口をあけて話にならなかった」
「あれでは庄屋様も逝くにいけないはずじゃ」
村人が至る場所で似たようなことをささやいていた。
昔、上野国(こうずけ・現・栃木県)の山奥に「六兵衛」という庄屋の息子がいた。この男は村でも評判の阿呆(あほう)で、年は二十だった。
庄屋は妻を早くに無くし、一人息子である幼い六兵衛をたいそうかわいがった。
今年になってから、死人を多くだした流行り病に庄屋がかかった。
この村は二百石ほどの貧しい村で、病にかかってもろくな医者もおらず、死を待つほかなかった。
「庄屋様がそろそろ危ないらしい」
村に住む佐平(さへい)と銀治(ぎんじ)がぼやいた。病の影響で庄屋が日に日にやつれている。
「あの方は、我々水吞百姓(どんびゃくしょう)にもお優しい。素晴らしい方だ。長生きしてほしいものじゃ」
「それにしても息子のことが心配であろう」
「六兵衛のことじゃな。あれだけはいかん。どうにもならない。先日も道端でばったり会ったから頭をさげたら、名は何と申す、と何度も聞かれた。生まれてから百回以上も会っているわしの名をいまだに覚えない」
「それでどうした」
「説明したが、ぽかんと口をあけて話にならなかった」
「あれでは庄屋様も逝くにいけないはずじゃ」
村人が至る場所で似たようなことをささやいていた。
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