市蔵鷺(いちぞうさぎ)(1)
市蔵鷺(いちぞうさぎ)(1)(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
伊予の松山藩領に、石手村があった。温泉郡に属し、四国遍路が流行ると、街道沿いには、客を狙った旅籠と商人が現れ、活況を呈した。
天明の頃になると、松山藩が一般の鳥類狩猟の禁止を厳しくした。北は当村の土蔵東手道から川筋木屋町口までであり、東は同所から石手土手筋までの道筋と決められた。
浄円寺はその村付近にあった。
ある朝、一羽の鷺がその寺の敷地内で死んだ。
「たいへんだ、禁猟のお触れが出ているにも関わらず、だれぞ、鳥を撃ったものが村にいる」
酒飲みの市蔵が大騒ぎで境内を走り回っていた。
寺の奥から歩いてくる和尚を発見した瞬間、市蔵は足元から力が抜け、全身が崩れ落ちそうになった。
頭の中が空になり、一瞬、冥い星空のようなものが脳裏を埋め、目の奥がくらくらとした。なにが起きたのかわからなかった。立ち眩みのようなものだが、市蔵は過去に何度かこの症状で倒れ、医者の世話になっていた。自分でも酒の飲みすぎで、命が縮んでいることはどこかで理解していた。
「まあ、落ち着け」
ボロ布をまとったような市蔵の着物の肩口を、中年の和尚が力強く抱え、倒れそうな男を食い止めた。
この寺の住職で、気の優しい男だった。市蔵はこの和尚に、何度となく、酒に負けそうになったところを救ってもらっている。
「和尚様か。ありがてえ」
「まあ、この水でも飲んで落ち着け。ゆっくり話してみなされ」
和尚は腰からぶら下げていた瓢箪を男の口に突っ込んだ。
男はその場に座り込み、喉をごくごくと鳴らした。
そして、ふらふらと立ち上がった。
「和尚様、これはうめえ。こいつぁ、酒じゃねえですか?」
「そう固いこと言うな」
「かたじけないです」
「それより、鷺が殺されていたというのは本当か?」
「ええ。間違いねえです。火縄の音が聞こえなかったですかい? おかしいなあ。あっしは、先ほど、この奥の森で目にしたんですから」
「おまえ、また境内で寝ていたのか」
「へえ、すまねえこってす。おっかあが家の中に入れてくれないもんですから。昨晩も、酒飲んだまま眠っていたようです」
つづく
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伊予の松山藩領に、石手村があった。温泉郡に属し、四国遍路が流行ると、街道沿いには、客を狙った旅籠と商人が現れ、活況を呈した。
天明の頃になると、松山藩が一般の鳥類狩猟の禁止を厳しくした。北は当村の土蔵東手道から川筋木屋町口までであり、東は同所から石手土手筋までの道筋と決められた。
浄円寺はその村付近にあった。
ある朝、一羽の鷺がその寺の敷地内で死んだ。
「たいへんだ、禁猟のお触れが出ているにも関わらず、だれぞ、鳥を撃ったものが村にいる」
酒飲みの市蔵が大騒ぎで境内を走り回っていた。
寺の奥から歩いてくる和尚を発見した瞬間、市蔵は足元から力が抜け、全身が崩れ落ちそうになった。