市蔵鷺(いちぞうさぎ)(2)
市蔵鷺(いちぞうさぎ)(2)
2023/10/17(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
村では市蔵の酒好きは有名だった。女房に三度も出ていかれ、昨年、再婚したばかりの男だった。
腕の確かな錺(かざり)職人だったが、手の震えが日増しにひどくなり、彫金の細工注文が激減している。
「おまえ、鳥が死んでいるのを見て、そのまま逃げてきたのか?」
「和尚さん、見損なわないでくだせえ。さすがに、ご禁制中の殺生ですから、鷺は埋めて参りやしたよ」
誇らしげに赤ら顔の男は鼻をこすった。
「なぜ、そのままにせず、お役人を呼びにいかせなかった」
「へえ?」
「もし、事実だとしたら、最初に、おまえが疑われる。鷺の殺生を」
「えっ」
ようやく自分のしでかした大事に気づき、男は目を大きくした。
「お、和尚様。ど、ど、どうすれば」
「まあ、いい、わしがすぐにお役人を呼んでこよう」
和尚が裾をまくり、下駄を鳴らし、その場をあわただしく立ち去った。
おてんとうさまが真上に移動したころ、役人が二人、青ざめながら、隣村からやってきた。村の庄屋も一緒だ。とんでもない事態がこの温泉近くの寺で勃発したのだと、その時になって、石手村の人々も血相を変え集まってきた。
役人は境内の奥に茂る、青々とした大木の根元で、死んだ鳥を見下ろし、うずくまっている。
蒲生のお殿様が自分の鷹狩りのため、一帯に対し、禁猟の振れを出したのだ。それにも関わらず、村人が無視をして、殺生を行ったということが明るみになれば、殿様が怒り、村役人も咎をうけるかもしれなかった。
大きな白鷲が首を地面から出し、死んでいた。
だれかが鳥を撃ったのだ、という話だったはずだが、その鷺に火縄銃らしき外傷は見当たらなかった。
大顔の役人のほうが、不思議そうに首を傾げ、念入りに土に半分埋められた鷺を調べていた。土からのぞく顔を見る限り、メスの白鷺のようだった。
何度調査しても、首筋に弾丸の抜けた痕跡など見当たらない。
「最初の発見者はおまえだな?」
「へい」
「名はなんと申す」
市蔵は強い語調で二人の役人に質問を浴びせられた。男は、しどろもどろに答え、額から大汗が噴出した。後ろめたいことはなかったが、役人の鋭い目が自分を射抜くように注視しているため、言い分がうまくいえず、焦り始めた。
酒がきれたのか、指先も震え、どうにもその場に立っていられなくなった。
「お前の話にはどうも不自然なところがある。ついてこい」
「か、かんべんしてくだせえ。あっしは、たまたまそこで寝ていただけでございます。鷺が死んでいるのに出くわしたのは偶然です」
「おかしいぞ。先ほどの話では、火縄の音で目覚めたということではないか。鷺のどこにも傷は見当たらない」
「本当でごぜえやす。確かに音は聞いたのです。火薬が破裂するようなとんでもねえ、大きな音だったんでやす」
「和尚を含め、村人の誰一人として、その音とやらを聞いたものがいない。不可思議ではないか」
「境内が広うございますから、村の家家には聞こえなかったんでごぜえやしょう。朝早かったですし」
「まあいい。こいつを縄で縛りあげろ」
大顔の役人に指図されるまま、下っ端の小男が、市蔵の腰にぐるぐると太い縄を巻いた。
誤解でごぜえやす、と泣き叫びながら、市蔵はその場から役人たちに連れていかれた。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
村では市蔵の酒好きは有名だった。女房に三度も出ていかれ、昨年、再婚したばかりの男だった。
腕の確かな錺(かざり)職人だったが、手の震えが日増しにひどくなり、彫金の細工注文が激減している。
「おまえ、鳥が死んでいるのを見て、そのまま逃げてきたのか?」
「和尚さん、見損なわないでくだせえ。さすがに、ご禁制中の殺生ですから、鷺は埋めて参りやしたよ」
誇らしげに赤ら顔の男は鼻をこすった。
「なぜ、そのままにせず、お役人を呼びにいかせなかった」
「へえ?」
「もし、事実だとしたら、最初に、おまえが疑われる。鷺の殺生を」
「えっ」
ようやく自分のしでかした大事に気づき、男は目を大きくした。
「お、和尚様。ど、ど、どうすれば」
「まあ、いい、わしがすぐにお役人を呼んでこよう」
和尚が裾をまくり、下駄を鳴らし、その場をあわただしく立ち去った。
おてんとうさまが真上に移動したころ、役人が二人、青ざめながら、隣村からやってきた。村の庄屋も一緒だ。とんでもない事態がこの温泉近くの寺で勃発したのだと、その時になって、石手村の人々も血相を変え集まってきた。
役人は境内の奥に茂る、青々とした大木の根元で、死んだ鳥を見下ろし、うずくまっている。
蒲生のお殿様が自分の鷹狩りのため、一帯に対し、禁猟の振れを出したのだ。それにも関わらず、村人が無視をして、殺生を行ったということが明るみになれば、殿様が怒り、村役人も咎をうけるかもしれなかった。
大きな白鷲が首を地面から出し、死んでいた。
だれかが鳥を撃ったのだ、という話だったはずだが、その鷺に火縄銃らしき外傷は見当たらなかった。
大顔の役人のほうが、不思議そうに首を傾げ、念入りに土に半分埋められた鷺を調べていた。土からのぞく顔を見る限り、メスの白鷺のようだった。
何度調査しても、首筋に弾丸の抜けた痕跡など見当たらない。
「最初の発見者はおまえだな?」
「へい」
「名はなんと申す」
市蔵は強い語調で二人の役人に質問を浴びせられた。男は、しどろもどろに答え、額から大汗が噴出した。後ろめたいことはなかったが、役人の鋭い目が自分を射抜くように注視しているため、言い分がうまくいえず、焦り始めた。
酒がきれたのか、指先も震え、どうにもその場に立っていられなくなった。
「お前の話にはどうも不自然なところがある。ついてこい」
「か、かんべんしてくだせえ。あっしは、たまたまそこで寝ていただけでございます。鷺が死んでいるのに出くわしたのは偶然です」
「おかしいぞ。先ほどの話では、火縄の音で目覚めたということではないか。鷺のどこにも傷は見当たらない」
「本当でごぜえやす。確かに音は聞いたのです。火薬が破裂するようなとんでもねえ、大きな音だったんでやす」
「和尚を含め、村人の誰一人として、その音とやらを聞いたものがいない。不可思議ではないか」
「境内が広うございますから、村の家家には聞こえなかったんでごぜえやしょう。朝早かったですし」
「まあいい。こいつを縄で縛りあげろ」
大顔の役人に指図されるまま、下っ端の小男が、市蔵の腰にぐるぐると太い縄を巻いた。
誤解でごぜえやす、と泣き叫びながら、市蔵はその場から役人たちに連れていかれた。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
村では市蔵の酒好きは有名だった。女房に三度も出ていかれ、昨年、再婚したばかりの男だった。
腕の確かな錺(かざり)職人だったが、手の震えが日増しにひどくなり、彫金の細工注文が激減している。
「おまえ、鳥が死んでいるのを見て、そのまま逃げてきたのか?」
「和尚さん、見損なわないでくだせえ。さすがに、ご禁制中の殺生ですから、鷺は埋めて参りやしたよ」
誇らしげに赤ら顔の男は鼻をこすった。
「なぜ、そのままにせず、お役人を呼びにいかせなかった」
「へえ?」
「もし、事実だとしたら、最初に、おまえが疑われる。鷺の殺生を」
「えっ」
ようやく自分のしでかした大事に気づき、男は目を大きくした。
「お、和尚様。ど、ど、どうすれば」
「まあ、いい、わしがすぐにお役人を呼んでこよう」
和尚が裾をまくり、下駄を鳴らし、その場をあわただしく立ち去った。
村では市蔵の酒好きは有名だった。女房に三度も出ていかれ、昨年、再婚したばかりの男だった。
腕の確かな錺(かざり)職人だったが、手の震えが日増しにひどくなり、彫金の細工注文が激減している。
「おまえ、鳥が死んでいるのを見て、そのまま逃げてきたのか?」
「和尚さん、見損なわないでくだせえ。さすがに、ご禁制中の殺生ですから、鷺は埋めて参りやしたよ」
誇らしげに赤ら顔の男は鼻をこすった。
「なぜ、そのままにせず、お役人を呼びにいかせなかった」
「へえ?」
「もし、事実だとしたら、最初に、おまえが疑われる。鷺の殺生を」
「えっ」
ようやく自分のしでかした大事に気づき、男は目を大きくした。
「お、和尚様。ど、ど、どうすれば」
「まあ、いい、わしがすぐにお役人を呼んでこよう」
和尚が裾をまくり、下駄を鳴らし、その場をあわただしく立ち去った。
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