五兵衛の寺(3)

五兵衛の寺(3)
2023/01/17(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)

そのまま五兵衛は家を出た。弥助の背中を追って走りながら、大事を信じられずにいた。
弥助の家に辿り着くと、ひとりの男が土間で泣き崩れていた。泥まみれの着物に、荒れ放題のサカヤキ、目の落ちくぼんだ姿は、別人だったが、自分の竹細工を過去に買ってくれた男に間違いなかった。
「ご、権太さん、かい」
五兵衛が問うと、宙を泳いでいた視線が自分をとらえたようだった。
「あ、五兵衛さん。す、すまねえ」
いきなりそう泣き叫ぶと、五兵衛の足に男はしがみついた。
「本当に村がなくなってしまったのですか」
「き、消えてしまった。おっかあも、田畑もなにもかも、昨夜の大雨でなくなってみな沈んでしもうた」
足をつかむ男の力が急に強くなった。そこで事実なのだろうと、信じた。
男が落ち着くまで待った。しばらくすると、少しずつ男は語りだした。
「五兵衛さん。実は、あんたは恨まれていたのですよ。わたしたちの村では」
言葉はそうはじまった。
ぽつりぽつりと語り始めた。
「どういうことですか?」
「あなたは腕の良い竹細工職人すぎた。うちの村の職人たちがあなたの品を村人が買うのを目にするたびに、徐々に嫉妬をはじめたのです」
「……」
五兵衛は黙って聞いた。あの狼に襲われた日、仏の声が伝えた内容と同じだった。
「皆さん、好きで買われていたのではないですか」
「ああ。大半の村人はそうです。しかし、次第に、職人たちが徒党を組み、あなたの品の悪いところを指摘しはじめ、買ったものに嫌がらせまではじめた。仕方なかったといえばそうでしょう。村にいた多くの職人が仕事を追われたのですから。荒れた土地を開墾しなければ暮らせないものばかりとなった。結局、それを耳にした庄屋も村の危機を放置できなかった。わからないようにあなたを殺そうとしたのです」
「どうやって」
「提灯ですよ。三か月前です。品を売りに来たあの日、庄屋屋敷の庭であなたを待ち構えていた村人はいつもより多かったはず。あの中のほとんどは庄屋と懇意だった村人。あなたを喜ばせ、足止めさせるために、長い時間、おのおの、品を眺めつつ、話し込んだのです」
「だから、わたしも日が暮れるまで気づかなかった」
「そうです。手を変え品をかえ、村人がそれぞれあなたの竹細工を持ちながら話しかけるのですから、あなたにとっては、あっという間の刻だったはずです」
そこまで五兵衛は聞いてうなだれた。笑った多くの目の奥に、尖った視線が潜んでいたことを想像し、背筋が冷たくなった。片目でほくそえんでいる庄屋の顔も脳裏に浮かんだ。
男は続ける。
「あの提灯には血が塗られていた。鶏の血が大量に。血に飢えた狼の鼻はいい。炎に焼かれた血の臭いは山中に溢れる。そんなものをぶらさげながら夜道に迷い込んだら、その結末は簡単だ」
「なぜ、最初に提灯を渡さなかったのです?」
「それではあまりに準備がよすぎる。怪しまれるかもしれない。あなたをもっと引き留める予定でしたがそれは仕方ない。泊っていくという可能性もある。頃合いを見計らって使いの者を通じて渡したのですよ」
五兵衛の全身に冷や汗が溢れた。そこまで周到にすすめられていたのだ。庄屋を筆頭に、多くの村人を巻き込み完全にこの世から抹殺されようとしていた吾身。風前の灯火だった命を思い返し、恐怖が目覚めた。
そしてすべてが合点した。
あの仏の声は真実だったのだ。
銭欲しさに約束を破らずに良かった、と安堵した。
もし約束を破っていたら、今頃もしかして、と反射的に考えたとき、自然と五兵衛は仏を思い描き、手を合わせていた。
信心深いから救われたのだとしても、仏が真に何を自分に伝えようとしたのか、という疑問だけが五兵衛に残った。
結局、一人だけ生き残った隣村の権太は、五兵衛たちの村で暮らすことになった。
しばらくすると、無事にはなが出産した。
男の子だった。
その息子にはひとつだけ気になる点があった。
うまれたときから片目が見えなかった。
息子をみる度に、五兵衛は、隣村の庄屋を思い出し、少し、気分が悪くなった。
そしてあるときに声をあげた。
「そうか。あの日の山中で、仏様は、この世のことを教えてくれようとしていたのか」
仏が伝えたかったのは、因果応報、ということだったのかもしれない。善い行いは良い結果を。悪因は悪果を生む。因果があって報いがあるのだ。つまり、あの村にいくことで、あの村に巻き込まれることになる。人を喜ばせているが、その実、見えない場所で泣いているものがいるかもしれない。物を売れば売れないものに恨まれる。自分が喜べば、喜ばないものがいるかもしれない。そこまで気づいて、はじめて、商いをすべきだった。気づかなかったとはいえ、自分本位だった。思いやりが欠けていたのかもしれない。
そう思い至ってから五兵衛は、自分の息子をもっといとおしく感じるようになった。
「おまえは庄屋の生まれ変わりかもしれない」

息子を抱えながら、そう呟き、抱きしめた。自分を殺しかけた庄屋は恨めしかったが憎しみは憎しみをうむだけだ。庄屋がこの世から消え、片目の息子が生まれた。それは意味のあることかもしれない、そう気づいたからだ。

十数年の後、五兵衛は仏様に救われた山奥に小さなお堂をたてた。息子が大きくなると、出家し、仏に仕える身になった。
「五兵衛の寺」と呼ばれたその山寺は山中にあったが、いまは廃寺になった、といわれている。


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そのまま五兵衛は家を出た。弥助の背中を追って走りながら、大事を信じられずにいた。
弥助の家に辿り着くと、ひとりの男が土間で泣き崩れていた。泥まみれの着物に、荒れ放題のサカヤキ、目の落ちくぼんだ姿は、別人だったが、自分の竹細工を過去に買ってくれた男に間違いなかった。
「ご、権太さん、かい」
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「あ、五兵衛さん。す、すまねえ」
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「……」
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