ふたりの彫師(3)
ふたりの彫師(3)
2024/03/12(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
そのとき、ふいに一匹の猫が群集の足元を抜け、中央の台に飛び乗り、五郎左の鰹を口にくわえ、走り去った。
あっという間の出来事だった。
これを見た見物人たちはあっけにとられていた。が、しばらくすると、奥のほうから感心した一人の客がこう言った。
「花菖蒲に目もくれず猫が鰹をくわえていったということは、本物に勝るとも劣らない、出来栄えだっだということじゃねえのかい」
周囲が、その通りだ、という声で盛り上がり始めた。
結局、五郎左の出来栄えに軍配が上がった。
残念そうに嘉七はその場でうなだれ、そのまま引き上げていくしかなかった。
しかし、その後、江戸の町が大騒ぎになった。
新年の勝負で、「八百長があった」と町奉行所に通報が入ったのだ。
勝負の日に登場した猫が、縁の下でガリガリと彫り物を齧っているのをみつけた見物人が出た。
奪ってよく見てみると、それは木を彫ったものではなく、カツオ節を彫ったものだと判明した。
どうやら、五郎左は、猫を用意して、見物人の中に仲間を紛れ込ませ、猫を放ったようだった。
皆、五郎左に騙された、ということになる。これには町中、誰もが怒り狂った。
町奉行所でも吟味沙汰となり、五郎左はお縄となった。
「少し、知恵を働かせただけの話でごぜえやす」
悪びれるでもなく、五郎左は、お白州でそのように言い訳した。
江戸の町を混乱させた罪で、遠島になるという噂がたった。
しかし、その後、五郎左は奉行所から無罪放免となった。
口々にどうしてだ、という声があがった。
誰も知らなかったが、それは嘉七のおかげだった。奉行所でこう申し開きした、ということが、何年もあとになってわかった。
「お奉行様、誰もが自分の腕が一番だとおもいたいことがあります。五郎左だって同じでしょう。実際、腕がたつ職人です。わたしは、あの勝負の日、あの鰹を見た瞬間、私が負けたと思い、震えました。猫が鰹をさらわなくても、わたしの心の臓(しんのぞう)は止まりそうでした。いまにも目の前で動き出し、江戸の海を泳ぎそうな、それはそれは見事な鰹の彫り物でした。猫に食われ、いまは見る影もない彫刻かもしれませんが、わたしの脳裏にはしっかりと残っております。それに五郎左がいるおかげで、わたしの彫の腕もあがっていく、というもの。江戸のためです。どうぞ、五郎左をおゆるしくださいませ」
嘉七は、取り調べで奉行所に呼ばれたとき、このように奉行に伝えた。
その後、五郎左は嘉七に感謝し、必死に彫師として働くようになった。
互いに切磋琢磨したのち、江戸の彫師は京や大坂に引けをとらないほど発展した。いつしか二人は伝説の彫師として、末広町で祀られ、尊崇されるようになった、という話。
了
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
そのとき、ふいに一匹の猫が群集の足元を抜け、中央の台に飛び乗り、五郎左の鰹を口にくわえ、走り去った。
あっという間の出来事だった。
これを見た見物人たちはあっけにとられていた。が、しばらくすると、奥のほうから感心した一人の客がこう言った。
「花菖蒲に目もくれず猫が鰹をくわえていったということは、本物に勝るとも劣らない、出来栄えだっだということじゃねえのかい」
周囲が、その通りだ、という声で盛り上がり始めた。
結局、五郎左の出来栄えに軍配が上がった。
残念そうに嘉七はその場でうなだれ、そのまま引き上げていくしかなかった。
しかし、その後、江戸の町が大騒ぎになった。
新年の勝負で、「八百長があった」と町奉行所に通報が入ったのだ。
勝負の日に登場した猫が、縁の下でガリガリと彫り物を齧っているのをみつけた見物人が出た。
奪ってよく見てみると、それは木を彫ったものではなく、カツオ節を彫ったものだと判明した。
どうやら、五郎左は、猫を用意して、見物人の中に仲間を紛れ込ませ、猫を放ったようだった。
皆、五郎左に騙された、ということになる。これには町中、誰もが怒り狂った。
町奉行所でも吟味沙汰となり、五郎左はお縄となった。
「少し、知恵を働かせただけの話でごぜえやす」
悪びれるでもなく、五郎左は、お白州でそのように言い訳した。
江戸の町を混乱させた罪で、遠島になるという噂がたった。
しかし、その後、五郎左は奉行所から無罪放免となった。
口々にどうしてだ、という声があがった。
誰も知らなかったが、それは嘉七のおかげだった。奉行所でこう申し開きした、ということが、何年もあとになってわかった。
「お奉行様、誰もが自分の腕が一番だとおもいたいことがあります。五郎左だって同じでしょう。実際、腕がたつ職人です。わたしは、あの勝負の日、あの鰹を見た瞬間、私が負けたと思い、震えました。猫が鰹をさらわなくても、わたしの心の臓(しんのぞう)は止まりそうでした。いまにも目の前で動き出し、江戸の海を泳ぎそうな、それはそれは見事な鰹の彫り物でした。猫に食われ、いまは見る影もない彫刻かもしれませんが、わたしの脳裏にはしっかりと残っております。それに五郎左がいるおかげで、わたしの彫の腕もあがっていく、というもの。江戸のためです。どうぞ、五郎左をおゆるしくださいませ」
嘉七は、取り調べで奉行所に呼ばれたとき、このように奉行に伝えた。
その後、五郎左は嘉七に感謝し、必死に彫師として働くようになった。
互いに切磋琢磨したのち、江戸の彫師は京や大坂に引けをとらないほど発展した。いつしか二人は伝説の彫師として、末広町で祀られ、尊崇されるようになった、という話。
了
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そのとき、ふいに一匹の猫が群集の足元を抜け、中央の台に飛び乗り、五郎左の鰹を口にくわえ、走り去った。
あっという間の出来事だった。
これを見た見物人たちはあっけにとられていた。が、しばらくすると、奥のほうから感心した一人の客がこう言った。
「花菖蒲に目もくれず猫が鰹をくわえていったということは、本物に勝るとも劣らない、出来栄えだっだということじゃねえのかい」
周囲が、その通りだ、という声で盛り上がり始めた。
結局、五郎左の出来栄えに軍配が上がった。
残念そうに嘉七はその場でうなだれ、そのまま引き上げていくしかなかった。
しかし、その後、江戸の町が大騒ぎになった。
新年の勝負で、「八百長があった」と町奉行所に通報が入ったのだ。
勝負の日に登場した猫が、縁の下でガリガリと彫り物を齧っているのをみつけた見物人が出た。
奪ってよく見てみると、それは木を彫ったものではなく、カツオ節を彫ったものだと判明した。
どうやら、五郎左は、猫を用意して、見物人の中に仲間を紛れ込ませ、猫を放ったようだった。
そのとき、ふいに一匹の猫が群集の足元を抜け、中央の台に飛び乗り、五郎左の鰹を口にくわえ、走り去った。
あっという間の出来事だった。
これを見た見物人たちはあっけにとられていた。が、しばらくすると、奥のほうから感心した一人の客がこう言った。
「花菖蒲に目もくれず猫が鰹をくわえていったということは、本物に勝るとも劣らない、出来栄えだっだということじゃねえのかい」
周囲が、その通りだ、という声で盛り上がり始めた。
結局、五郎左の出来栄えに軍配が上がった。
残念そうに嘉七はその場でうなだれ、そのまま引き上げていくしかなかった。
しかし、その後、江戸の町が大騒ぎになった。
新年の勝負で、「八百長があった」と町奉行所に通報が入ったのだ。
勝負の日に登場した猫が、縁の下でガリガリと彫り物を齧っているのをみつけた見物人が出た。
奪ってよく見てみると、それは木を彫ったものではなく、カツオ節を彫ったものだと判明した。
どうやら、五郎左は、猫を用意して、見物人の中に仲間を紛れ込ませ、猫を放ったようだった。
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