幼子(おさなご)と與四郎(3)
幼子(おさなご)と與四郎(3)
2023/02/14(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
ある日、與四郎がふらりと我が家に戻ってくると、見知らぬ女が家の中で座っていた。
「お、おまえさんは誰だい?」
與四郎が土間で叫んだ。
「おかえりなさいませ。お待ちしておりました。私はえなと申します」
「どうして見ず知らずのおまえさんが飯を準備している」
男は土間で吹き上がっている釜の煙を指さした。
「わたしの役目でございますので」
「役目とは異なことを申す。わしはまだ独り身だ。親も早くに亡くし、兄弟もいない」
「そんなことは気になさらず結構です。さあ、お腹もすかれているでしょうから、足と手を盥で洗われて、お召し上がりください」
そこまで言葉が聞こえた瞬間、與四郎の全身に雷が落ちた。そんな衝撃が走り抜けた。
すべての呆けた時間がみるみる消滅し、刻(とき)が急速に甦ってくるようだった。
お、おまえは、本当にえなか?」
「そうです」
「どうしてお前がここに。死んだはずではなかったのか?」
幼子となり、消えてしまったえなが目の前にいる。自分は過去に戻ったのだろうか。
「お父様。わたくしはなえでございます。しかし、魂はえなと同じなのです」
「意味が分からない」
「数十年前、いまの年頃になったとき、一度、お父様のまえに姿を現しました。それは、わたしを産んだお母様が死ぬことを、大人になって知ったためです」
「おはつが死ぬことと、えなの存在がどうしてつながるのか」
「わたしの魂はこれから過去のお父様にえなとして会いに行きます。そして、一緒に暮らし、お父様とお母様を出会わせます」
「なぜ」
「お母様とお父様が出会わなければなえもこの世に生まれることはないのでございます」
「しかし、過去のわしに出会いにいくなど、そのような不可思議なことが」
「すべては神様の思し召しでございます。お父様が、畑に行く途中、土に住む生き物に優しい言葉をかけ、はげましていたことを神様はみていらっしゃったのです。そしてわたしの魂をなえとして遣わしてくださいました」
「わしは孤独に死んでいく予定だったのではないのか」
「心優しい人間には、幸せな報いがなければならない。それが神様の願っていることでございます」
「難しい話はわからないが、えなとなえが今わしの目の前にいる。それは奇跡だ。そしてふたりは、わしとおはつの子」
「そうでございます」
「これで女房のおはつが側にいてくれさえすれば、この世に悔いはないのだが」
「ご安心ください。母上様も、私のなかにいらっしゃいます」
なえは輝く愛らしい目で與四郎をみつめた。そこにはまぎれもない、おはつそのものの姿がみえた。
その後、きれいな娘に成長したなえと與四郎は幸せに暮らした。
年頃になると、なえは隣村の長者に見初められ嫁いだ。
婚姻の日、與四郎は少し寂しかった。が、これで、えなと、なえ、おはつ、の三人がようやく真の幸せに恵まれると思うと、晴れ晴れしい心もちに変わった。
最愛の娘が貧しさから抜け出せることは與四郎にとっての希望であり、最大の願いだ。
自分の役目はここで終わるのかもしれない。そう思い、白無垢姿で泣きながら輿に乗るなえをそっと見送った。
輿が小さくなっていく。この世の全ての幸福を満喫している、そんな幸せな感覚が男の胸にあふれた。
與四郎はなえが嫁ぐと間もなく、感謝の意を込め、敷地に神を祀る祠をたてた。
この不思議な話は播磨の山奥でひっそりと語り継がれているという。
了
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
ある日、與四郎がふらりと我が家に戻ってくると、見知らぬ女が家の中で座っていた。
「お、おまえさんは誰だい?」
與四郎が土間で叫んだ。
「おかえりなさいませ。お待ちしておりました。私はえなと申します」
「どうして見ず知らずのおまえさんが飯を準備している」
男は土間で吹き上がっている釜の煙を指さした。
「わたしの役目でございますので」
「役目とは異なことを申す。わしはまだ独り身だ。親も早くに亡くし、兄弟もいない」
「そんなことは気になさらず結構です。さあ、お腹もすかれているでしょうから、足と手を盥で洗われて、お召し上がりください」
そこまで言葉が聞こえた瞬間、與四郎の全身に雷が落ちた。そんな衝撃が走り抜けた。
すべての呆けた時間がみるみる消滅し、刻(とき)が急速に甦ってくるようだった。
お、おまえは、本当にえなか?」
「そうです」
「どうしてお前がここに。死んだはずではなかったのか?」
幼子となり、消えてしまったえなが目の前にいる。自分は過去に戻ったのだろうか。
「お父様。わたくしはなえでございます。しかし、魂はえなと同じなのです」
「意味が分からない」
「数十年前、いまの年頃になったとき、一度、お父様のまえに姿を現しました。それは、わたしを産んだお母様が死ぬことを、大人になって知ったためです」
「おはつが死ぬことと、えなの存在がどうしてつながるのか」
「わたしの魂はこれから過去のお父様にえなとして会いに行きます。そして、一緒に暮らし、お父様とお母様を出会わせます」
「なぜ」
「お母様とお父様が出会わなければなえもこの世に生まれることはないのでございます」
「しかし、過去のわしに出会いにいくなど、そのような不可思議なことが」
「すべては神様の思し召しでございます。お父様が、畑に行く途中、土に住む生き物に優しい言葉をかけ、はげましていたことを神様はみていらっしゃったのです。そしてわたしの魂をなえとして遣わしてくださいました」
「わしは孤独に死んでいく予定だったのではないのか」
「心優しい人間には、幸せな報いがなければならない。それが神様の願っていることでございます」
「難しい話はわからないが、えなとなえが今わしの目の前にいる。それは奇跡だ。そしてふたりは、わしとおはつの子」
「そうでございます」
「これで女房のおはつが側にいてくれさえすれば、この世に悔いはないのだが」
「ご安心ください。母上様も、私のなかにいらっしゃいます」
なえは輝く愛らしい目で與四郎をみつめた。そこにはまぎれもない、おはつそのものの姿がみえた。
その後、きれいな娘に成長したなえと與四郎は幸せに暮らした。
年頃になると、なえは隣村の長者に見初められ嫁いだ。
婚姻の日、與四郎は少し寂しかった。が、これで、えなと、なえ、おはつ、の三人がようやく真の幸せに恵まれると思うと、晴れ晴れしい心もちに変わった。
最愛の娘が貧しさから抜け出せることは與四郎にとっての希望であり、最大の願いだ。
自分の役目はここで終わるのかもしれない。そう思い、白無垢姿で泣きながら輿に乗るなえをそっと見送った。
輿が小さくなっていく。この世の全ての幸福を満喫している、そんな幸せな感覚が男の胸にあふれた。
與四郎はなえが嫁ぐと間もなく、感謝の意を込め、敷地に神を祀る祠をたてた。
この不思議な話は播磨の山奥でひっそりと語り継がれているという。
了
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
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ある日、與四郎がふらりと我が家に戻ってくると、見知らぬ女が家の中で座っていた。
「お、おまえさんは誰だい?」
與四郎が土間で叫んだ。
「おかえりなさいませ。お待ちしておりました。私はえなと申します」
「どうして見ず知らずのおまえさんが飯を準備している」
男は土間で吹き上がっている釜の煙を指さした。
「わたしの役目でございますので」
「役目とは異なことを申す。わしはまだ独り身だ。親も早くに亡くし、兄弟もいない」
「そんなことは気になさらず結構です。さあ、お腹もすかれているでしょうから、足と手を盥で洗われて、お召し上がりください」
そこまで言葉が聞こえた瞬間、與四郎の全身に雷が落ちた。そんな衝撃が走り抜けた。
すべての呆けた時間がみるみる消滅し、刻(とき)が急速に甦ってくるようだった。
ある日、與四郎がふらりと我が家に戻ってくると、見知らぬ女が家の中で座っていた。
「お、おまえさんは誰だい?」
與四郎が土間で叫んだ。
「おかえりなさいませ。お待ちしておりました。私はえなと申します」
「どうして見ず知らずのおまえさんが飯を準備している」
男は土間で吹き上がっている釜の煙を指さした。
「わたしの役目でございますので」
「役目とは異なことを申す。わしはまだ独り身だ。親も早くに亡くし、兄弟もいない」
「そんなことは気になさらず結構です。さあ、お腹もすかれているでしょうから、足と手を盥で洗われて、お召し上がりください」
そこまで言葉が聞こえた瞬間、與四郎の全身に雷が落ちた。そんな衝撃が走り抜けた。
すべての呆けた時間がみるみる消滅し、刻(とき)が急速に甦ってくるようだった。
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