逆の神様(1)
逆の神様(1)
2024/07/02(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
尾張国(現愛知県)の西島の村外れに、働き者の「卯之助」と「よね」という老夫婦が住んでいた。貧しい九百石の村だった。多少の不平不満は口にしたが、二人はまじめに働いた。
秋の夕暮れをふたりは鍬を抱え、田圃から歩いていた。
「今年の収穫はまあまあだったが、貧乏暮しはかわらないな」
「そうですね、お前さん。いくら働いてもその日暮らしですね。年明けもこのままいくと、白い餅ひとつ食えねえかもしれません」
「年々、苗の買い付けで借金が増える。いままでのように同じことをしていては、暮らしは悪くなるばかり」
「あなたはお人好しですから。借金して買った苗も、困った村人がいたら、わけておしまいになる。そんなことを繰り返しているのですから、いまの生活をどうにもしようがありません」
「いよいよ、わしらも変わるときじゃ。名古屋のお城下まで出稼ぎにでも行くしかねえ。稲の刈り入れがすべて終わったら、その支度にはいろう」
冬となり、寒風吹きすさぶなか、決心をし、名古屋城下へとおじいさんは向かった。はじめての出稼ぎのため心細かった。
国分寺のあたりを抜けた頃、おじいさんの後ろから汚れた身なりの薄汚い小僧が歩きながらついてきた。
いつまでもついてくるので、おじいさんは立ち止まり、声をかけてみた。
「おまえはこれからどこへ行くのか?」
「おまえのいくところについていく」
鼻をたらしながら生意気そうに口を開いた。
「なぜ、わしについてくる?」
「優しそうで貧乏なやつが好きだからだ」
「そうか。わしが貧しいのをしっておるのじゃな。だとしたら物がほしいというわけではなさそうだ。金持ちにでもついていったほうがよいからな。しかし、おまえもひもじそうだ」
親切におじいさんは、相手の目線にしゃがみこみ、頭をなでた。すると、小僧は頷いた。
「そうだ。いま、わしはこれをもっている」
懐から草にくるんだつぶれた粟餅がでてきた。
「これをやるから食え」
そう小僧に手渡すと、素早く小さな手のひらでうけとり、その場でかぶりついた。
「腹が減っていたのか。うまかろう」
それはおじいさんが、一里ほど歩いたら食べようとおもっていた唯一の昼飯だった。が、よほど腹が減っていたのか貪り食っている。そのうまそうな小僧の顔を見てうれしくなった。
食い足りなそうな顔をして、ふと小僧がかぶりつくのをやめた。
半分だけ残した小僧に向かって、おじいさんは訊ねた。
「すべて食べないのか?」
「家に帰って、兄弟にやるのだ」
残念そうにうつむきながら、小僧は小さな懐に餅の残りをしまった。
「えらいな、小僧。自分の欲しいものを我慢して人に分けることはなかなかできることではない。ではまたな」
そう言い残し、再び歩きだすと、また小僧がついてきた。
「もう、なにもやるものはないぞ」
おじいさんは振り返り、仕方なく、そうつぶやいた。実際にもう何も持っていなかった。
「じいさん、ひとつ、言い忘れたことがある」
「なんじゃ」
「今度、おまえの家に誰かきたら、そいつには逆を言うといい」
「なんじゃそれは?」
「思ったことと逆をいえば、あんたは貧乏でなくなるかもしれないよ」
小僧は、そう言い残すと、そそくさと反対方向へ走り去った。
おじいさんはしばらく意味が分からず、ぼんやり小僧を見送った。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
尾張国(現愛知県)の西島の村外れに、働き者の「卯之助」と「よね」という老夫婦が住んでいた。貧しい九百石の村だった。多少の不平不満は口にしたが、二人はまじめに働いた。
秋の夕暮れをふたりは鍬を抱え、田圃から歩いていた。
「今年の収穫はまあまあだったが、貧乏暮しはかわらないな」
「そうですね、お前さん。いくら働いてもその日暮らしですね。年明けもこのままいくと、白い餅ひとつ食えねえかもしれません」
「年々、苗の買い付けで借金が増える。いままでのように同じことをしていては、暮らしは悪くなるばかり」
「あなたはお人好しですから。借金して買った苗も、困った村人がいたら、わけておしまいになる。そんなことを繰り返しているのですから、いまの生活をどうにもしようがありません」
「いよいよ、わしらも変わるときじゃ。名古屋のお城下まで出稼ぎにでも行くしかねえ。稲の刈り入れがすべて終わったら、その支度にはいろう」
冬となり、寒風吹きすさぶなか、決心をし、名古屋城下へとおじいさんは向かった。はじめての出稼ぎのため心細かった。
国分寺のあたりを抜けた頃、おじいさんの後ろから汚れた身なりの薄汚い小僧が歩きながらついてきた。
いつまでもついてくるので、おじいさんは立ち止まり、声をかけてみた。
「おまえはこれからどこへ行くのか?」
「おまえのいくところについていく」
鼻をたらしながら生意気そうに口を開いた。
「なぜ、わしについてくる?」
「優しそうで貧乏なやつが好きだからだ」
「そうか。わしが貧しいのをしっておるのじゃな。だとしたら物がほしいというわけではなさそうだ。金持ちにでもついていったほうがよいからな。しかし、おまえもひもじそうだ」
親切におじいさんは、相手の目線にしゃがみこみ、頭をなでた。すると、小僧は頷いた。
「そうだ。いま、わしはこれをもっている」
懐から草にくるんだつぶれた粟餅がでてきた。
「これをやるから食え」
そう小僧に手渡すと、素早く小さな手のひらでうけとり、その場でかぶりついた。
「腹が減っていたのか。うまかろう」
それはおじいさんが、一里ほど歩いたら食べようとおもっていた唯一の昼飯だった。が、よほど腹が減っていたのか貪り食っている。そのうまそうな小僧の顔を見てうれしくなった。
食い足りなそうな顔をして、ふと小僧がかぶりつくのをやめた。
半分だけ残した小僧に向かって、おじいさんは訊ねた。
「すべて食べないのか?」
「家に帰って、兄弟にやるのだ」
残念そうにうつむきながら、小僧は小さな懐に餅の残りをしまった。
「えらいな、小僧。自分の欲しいものを我慢して人に分けることはなかなかできることではない。ではまたな」
そう言い残し、再び歩きだすと、また小僧がついてきた。
「もう、なにもやるものはないぞ」
おじいさんは振り返り、仕方なく、そうつぶやいた。実際にもう何も持っていなかった。
「じいさん、ひとつ、言い忘れたことがある」
「なんじゃ」
「今度、おまえの家に誰かきたら、そいつには逆を言うといい」
「なんじゃそれは?」
「思ったことと逆をいえば、あんたは貧乏でなくなるかもしれないよ」
小僧は、そう言い残すと、そそくさと反対方向へ走り去った。
おじいさんはしばらく意味が分からず、ぼんやり小僧を見送った。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
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(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
尾張国(現愛知県)の西島の村外れに、働き者の「卯之助」と「よね」という老夫婦が住んでいた。貧しい九百石の村だった。多少の不平不満は口にしたが、二人はまじめに働いた。
秋の夕暮れをふたりは鍬を抱え、田圃から歩いていた。
「今年の収穫はまあまあだったが、貧乏暮しはかわらないな」
「そうですね、お前さん。いくら働いてもその日暮らしですね。年明けもこのままいくと、白い餅ひとつ食えねえかもしれません」
「年々、苗の買い付けで借金が増える。いままでのように同じことをしていては、暮らしは悪くなるばかり」
「あなたはお人好しですから。借金して買った苗も、困った村人がいたら、わけておしまいになる。そんなことを繰り返しているのですから、いまの生活をどうにもしようがありません」
「いよいよ、わしらも変わるときじゃ。名古屋のお城下まで出稼ぎにでも行くしかねえ。稲の刈り入れがすべて終わったら、その支度にはいろう」
冬となり、寒風吹きすさぶなか、決心をし、名古屋城下へとおじいさんは向かった。はじめての出稼ぎのため心細かった。
国分寺のあたりを抜けた頃、おじいさんの後ろから汚れた身なりの薄汚い小僧が歩きながらついてきた。
いつまでもついてくるので、おじいさんは立ち止まり、声をかけてみた。
「おまえはこれからどこへ行くのか?」
「おまえのいくところについていく」
尾張国(現愛知県)の西島の村外れに、働き者の「卯之助」と「よね」という老夫婦が住んでいた。貧しい九百石の村だった。多少の不平不満は口にしたが、二人はまじめに働いた。
秋の夕暮れをふたりは鍬を抱え、田圃から歩いていた。
「今年の収穫はまあまあだったが、貧乏暮しはかわらないな」
「そうですね、お前さん。いくら働いてもその日暮らしですね。年明けもこのままいくと、白い餅ひとつ食えねえかもしれません」
「年々、苗の買い付けで借金が増える。いままでのように同じことをしていては、暮らしは悪くなるばかり」
「あなたはお人好しですから。借金して買った苗も、困った村人がいたら、わけておしまいになる。そんなことを繰り返しているのですから、いまの生活をどうにもしようがありません」
「いよいよ、わしらも変わるときじゃ。名古屋のお城下まで出稼ぎにでも行くしかねえ。稲の刈り入れがすべて終わったら、その支度にはいろう」
冬となり、寒風吹きすさぶなか、決心をし、名古屋城下へとおじいさんは向かった。はじめての出稼ぎのため心細かった。
国分寺のあたりを抜けた頃、おじいさんの後ろから汚れた身なりの薄汚い小僧が歩きながらついてきた。
いつまでもついてくるので、おじいさんは立ち止まり、声をかけてみた。
「おまえはこれからどこへ行くのか?」
「おまえのいくところについていく」
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