幼子(おさなご)と與四郎(2)
幼子(おさなご)と與四郎(2)
2024/11/19(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
しかし、不幸は突然やってきた。
日に日に小さくなり乳を欲するようになったえなは、ある日突然、姿を消した。
與四郎の家から消えたのだ。
「神隠しだろうか。どこへえなはいったのだ」
「わたしが目を離したすきに。申し訳ございません」
「いや、おまえのせいではなかろう」
二人は肩を寄せ合い、村村を探した。しかし村のだれ一人としてその日、不審な人物を目撃したものはいなかった。
「神隠しに違いない。きっとえなは理由があって我々の前から姿を消したのだ」
悲しみに溢れる二人をしり目に、村人たちはそうささやきあった。
えなが消えてから、三年が経過した。
悲しみが消えつつあった二人も、もはや中年となっていた。
「與四郎さん、信じられないことがおきました」
「どうしたおはつ」
「身ごもったようでございます」
「この年になりわしにも再び子供ができるというのか。信じられない」
飛び上がって喜ぶ與四郎に、おはつは幸せな気持ちとなった。
おはつは夏の暑い日に出産した。
愛らしい娘だった。
ふたりは目を細め、我が子を見下ろした。どこかえなをほうふつとさせる姿だった。
赤子は二人にとって世話がしやすかった。
元気に育つように名を苗(なえ)と名付けた。子供は元気に育ち、おかっぱ頭の娘となった。その頃になるとえなとうりふたつの愛らしい目で笑うようになった。
「なえはえなの生まれ変わりに違いない」
與四郎は娘の寝顔をみながら、おはつに語った。
「わたしもそう感じることがあります」
「なえの無邪気な笑い方を見ていると、なんとしてもわしも長生きして頑張らねばならぬとおもう」
「ええ。わたしも幸せな気持ちになります」
三人の幸福な時間が十年ほど過ぎたときだった。
今度は、おはつが心の蔵を患う病にかかった。貧しい三人の生活では栄養のあるものを食べさせられなかった。それが影響しているというのが医者の見立てだった。
白い飯が食えるのは、ほんのたまにであり、なえが成長すると、大人のふたりは食うものも食わず娘に食べ物を与えていた。更に、陽がのぼり、みえなくなるまで畑仕事で体を酷使していた。おはつが弱るのも無理はなかった。
「與四郎さん、間もなく私の寿命も尽きます」
「なにを言うのだ、おはつ」
與四郎は力強く手を握った。涙があふれる。娘に成長したなえも側で心配そうに見つめている。
「なえを頼みます。子供とえなを失ったものの、あなたとなえを得ることができたのは本当に幸せでした」
「わしもだ」
「ありがとうございます。お先に神様のもとへ行ってまいります」
「おはつ、ありがとう」
まもなくおはつは息をひきとった。與四郎は狂ったように泣いた。えなの乳母として我が家にきてくれ、貧しい自分の嫁となってくれたおはつには、感謝をいくらしても足りなかった。女房が死ぬと、十年以上前のえなの喪失感も同時にやってきた。なぜか二人を同時に失ったような悲しさが男を襲った。
しばらくは呆けたように男は生活した。畑も休みがちになり、髪は白髪だらけになった。ふらりと出かけては戻らない日もあった。今日がいつの日なのかわからないように変わり果て、なえの姿は目に入るが、なえがどのように生き、自分もどのように生きているのかわからなくなった。
村では、與四郎は死に人のように呆けてしまった、と評判となった。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
しかし、不幸は突然やってきた。
日に日に小さくなり乳を欲するようになったえなは、ある日突然、姿を消した。
與四郎の家から消えたのだ。
「神隠しだろうか。どこへえなはいったのだ」
「わたしが目を離したすきに。申し訳ございません」
「いや、おまえのせいではなかろう」
二人は肩を寄せ合い、村村を探した。しかし村のだれ一人としてその日、不審な人物を目撃したものはいなかった。
「神隠しに違いない。きっとえなは理由があって我々の前から姿を消したのだ」
悲しみに溢れる二人をしり目に、村人たちはそうささやきあった。
えなが消えてから、三年が経過した。
悲しみが消えつつあった二人も、もはや中年となっていた。
「與四郎さん、信じられないことがおきました」
「どうしたおはつ」
「身ごもったようでございます」
「この年になりわしにも再び子供ができるというのか。信じられない」
飛び上がって喜ぶ與四郎に、おはつは幸せな気持ちとなった。
おはつは夏の暑い日に出産した。
愛らしい娘だった。
ふたりは目を細め、我が子を見下ろした。どこかえなをほうふつとさせる姿だった。
赤子は二人にとって世話がしやすかった。
元気に育つように名を苗(なえ)と名付けた。子供は元気に育ち、おかっぱ頭の娘となった。その頃になるとえなとうりふたつの愛らしい目で笑うようになった。
「なえはえなの生まれ変わりに違いない」
與四郎は娘の寝顔をみながら、おはつに語った。
「わたしもそう感じることがあります」
「なえの無邪気な笑い方を見ていると、なんとしてもわしも長生きして頑張らねばならぬとおもう」
「ええ。わたしも幸せな気持ちになります」
三人の幸福な時間が十年ほど過ぎたときだった。
今度は、おはつが心の蔵を患う病にかかった。貧しい三人の生活では栄養のあるものを食べさせられなかった。それが影響しているというのが医者の見立てだった。
白い飯が食えるのは、ほんのたまにであり、なえが成長すると、大人のふたりは食うものも食わず娘に食べ物を与えていた。更に、陽がのぼり、みえなくなるまで畑仕事で体を酷使していた。おはつが弱るのも無理はなかった。
「與四郎さん、間もなく私の寿命も尽きます」
「なにを言うのだ、おはつ」
與四郎は力強く手を握った。涙があふれる。娘に成長したなえも側で心配そうに見つめている。
「なえを頼みます。子供とえなを失ったものの、あなたとなえを得ることができたのは本当に幸せでした」
「わしもだ」
「ありがとうございます。お先に神様のもとへ行ってまいります」
「おはつ、ありがとう」
まもなくおはつは息をひきとった。與四郎は狂ったように泣いた。えなの乳母として我が家にきてくれ、貧しい自分の嫁となってくれたおはつには、感謝をいくらしても足りなかった。女房が死ぬと、十年以上前のえなの喪失感も同時にやってきた。なぜか二人を同時に失ったような悲しさが男を襲った。
しばらくは呆けたように男は生活した。畑も休みがちになり、髪は白髪だらけになった。ふらりと出かけては戻らない日もあった。今日がいつの日なのかわからないように変わり果て、なえの姿は目に入るが、なえがどのように生き、自分もどのように生きているのかわからなくなった。
村では、與四郎は死に人のように呆けてしまった、と評判となった。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
しかし、不幸は突然やってきた。
日に日に小さくなり乳を欲するようになったえなは、ある日突然、姿を消した。
與四郎の家から消えたのだ。
「神隠しだろうか。どこへえなはいったのだ」
「わたしが目を離したすきに。申し訳ございません」
「いや、おまえのせいではなかろう」
二人は肩を寄せ合い、村村を探した。しかし村のだれ一人としてその日、不審な人物を目撃したものはいなかった。
「神隠しに違いない。きっとえなは理由があって我々の前から姿を消したのだ」
悲しみに溢れる二人をしり目に、村人たちはそうささやきあった。
しかし、不幸は突然やってきた。
日に日に小さくなり乳を欲するようになったえなは、ある日突然、姿を消した。
與四郎の家から消えたのだ。
「神隠しだろうか。どこへえなはいったのだ」
「わたしが目を離したすきに。申し訳ございません」
「いや、おまえのせいではなかろう」
二人は肩を寄せ合い、村村を探した。しかし村のだれ一人としてその日、不審な人物を目撃したものはいなかった。
「神隠しに違いない。きっとえなは理由があって我々の前から姿を消したのだ」
悲しみに溢れる二人をしり目に、村人たちはそうささやきあった。
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