粋な貧乏神(1)
粋な貧乏神(1)
2023/10/31(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
大晦日の夜だった。
お初(おはつ)と旦那の三太(さんた)が飯を食っていると、みすぼらしいあばら家の戸が慌ただしく鳴った。
年は五十に近づく二人。ちゃぶ台には、薄いたくあんと、ヒエの混じった飯だけがのっていた。
隣にも貧乏な夫婦がいたが、この二人の性格は悪かった。路地を駆け回る子供たちに「うるさい」と包丁を握って怒鳴りつけることもしばしばだったが、外を走る犬に罠をしかけ、殺しかけたこともあった。
三太とお初にも意地悪をする。隣近所の付き合いが江戸ではあたりまえだったが、三太とお初を気に入らないのか、長屋中に「あの夫婦はものを借りても何も返さない」と、悪い噂を流し、醤油を借りに行っても誰も貸してくれなくなった。実際には逆で、お初が味噌をお隣りに貸しても、当然のように返してこない。そ知らぬ顔で生活しているのがその意地悪い夫婦だった。
だが、三太もお初も文句を言わず、長屋で静かな暮らしを送っていた。
「こんな時間に誰でしょう?」
お初は箸をおき、恐る恐る突っ張り棒を外し、戸の隙間からのぞいた。
みすぼらしい太った姿の老人がみえた。
「どちらさまですか?」
「ひと晩だけ泊めてほしい。よろしいか?」
老人が、しゃがれた声で言った。
心優しいお初は、すぐに哀れになり、戸板を横へ開きそうになった。しかし、念のため旦那を振り返った。四畳半の狭い長屋だ。穏やかで近所の子供と一緒に遊ぶ三太だが、果たして、大晦日の夜に見知らぬ老人を泊めてよい、というだろうか。そう思った。
三太はにこやかに微笑んでいた。
「いま、開けます」
旦那の表情を確認し、お初は、たてつけの悪い戸を開けた。
「何もありませんが、どうぞ中にお入りください」
「すまないの」
老人は悪びれたふうでもなく、ずかずかと中に入ってきた。
「貧しそうな生活だな」
ちゃぶ台に腰をずかりと落とすと、ふたりの食事を目にし、そういった。
「お恥ずかしい。はぶりが良かった時代もあったのですが、いまでは長屋でも一番の貧乏暮らしになってしまいました」
明るく三太が言った。
横でお初も正座し微笑んでいる。
老人は、三太が遠い北国で長者の子息だった、ということを知らない。父親が賭け事にはまり、一家は離散となったのだ。
「仲が良さそうだが、子供は?」
「お恥ずかしいことです。こちらも縁がなく、どうにもできませんでした」
「そうか。大晦日だというのに、こんな老人に宿を恵んでもらい、かたじけない」
「このようなものしかございませんが、よろしければどうぞお食べください」
三太は、自分の飯椀を素早く盥で洗い、新年の神様用に残しておいた白い飯を奥から出し、老人に渡した。お初も自分の皿と箸を洗い、お供え用に煮た小豆を出した。
老人はよほど腹が減っていたのだろう、喜んでその飯を食べた。
その夜、三人が固いせんべい布団にくるまって寝ていると、除夜の鐘の音が遠くから聞こえてきた。暗闇のなかでボソリと老人の声がした。
「もう間もなく年が明けるな。ふたりはどのような願い事があるのじゃ?」
「そうですね……。できることなら、若くなりたいですね」
三太が応えた。
「ええ。私も。あきらめてはおりますが、子供ができるような若さがほしいかもしれません」
「欲がないな。銭とかではないのかな」
「願いをおもい浮かべるだけでも、十分、楽しいものですね」
「幸せな気分になりました。ありがとうございます」
夫婦は暗い部屋の中で礼を言った。
老人は笑い声をあげ、「来年は良い年になるとよいな」と告げ、眠った。二人もまもなく夢に落ちていった。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
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大晦日の夜だった。
お初(おはつ)と旦那の三太(さんた)が飯を食っていると、みすぼらしいあばら家の戸が慌ただしく鳴った。
年は五十に近づく二人。ちゃぶ台には、薄いたくあんと、ヒエの混じった飯だけがのっていた。
隣にも貧乏な夫婦がいたが、この二人の性格は悪かった。路地を駆け回る子供たちに「うるさい」と包丁を握って怒鳴りつけることもしばしばだったが、外を走る犬に罠をしかけ、殺しかけたこともあった。
三太とお初にも意地悪をする。隣近所の付き合いが江戸ではあたりまえだったが、三太とお初を気に入らないのか、長屋中に「あの夫婦はものを借りても何も返さない」と、悪い噂を流し、醤油を借りに行っても誰も貸してくれなくなった。実際には逆で、お初が味噌をお隣りに貸しても、当然のように返してこない。そ知らぬ顔で生活しているのがその意地悪い夫婦だった。
だが、三太もお初も文句を言わず、長屋で静かな暮らしを送っていた。
「こんな時間に誰でしょう?」
お初は箸をおき、恐る恐る突っ張り棒を外し、戸の隙間からのぞいた。
みすぼらしい太った姿の老人がみえた。
「どちらさまですか?」
「ひと晩だけ泊めてほしい。よろしいか?」
老人が、しゃがれた声で言った。
心優しいお初は、すぐに哀れになり、戸板を横へ開きそうになった。しかし、念のため旦那を振り返った。四畳半の狭い長屋だ。穏やかで近所の子供と一緒に遊ぶ三太だが、果たして、大晦日の夜に見知らぬ老人を泊めてよい、というだろうか。そう思った。
三太はにこやかに微笑んでいた。
「いま、開けます」
旦那の表情を確認し、お初は、たてつけの悪い戸を開けた。
「何もありませんが、どうぞ中にお入りください」
「すまないの」
老人は悪びれたふうでもなく、ずかずかと中に入ってきた。
「貧しそうな生活だな」
ちゃぶ台に腰をずかりと落とすと、ふたりの食事を目にし、そういった。
「お恥ずかしい。はぶりが良かった時代もあったのですが、いまでは長屋でも一番の貧乏暮らしになってしまいました」
明るく三太が言った。
横でお初も正座し微笑んでいる。
老人は、三太が遠い北国で長者の子息だった、ということを知らない。父親が賭け事にはまり、一家は離散となったのだ。
「仲が良さそうだが、子供は?」
「お恥ずかしいことです。こちらも縁がなく、どうにもできませんでした」
「そうか。大晦日だというのに、こんな老人に宿を恵んでもらい、かたじけない」
「このようなものしかございませんが、よろしければどうぞお食べください」
三太は、自分の飯椀を素早く盥で洗い、新年の神様用に残しておいた白い飯を奥から出し、老人に渡した。お初も自分の皿と箸を洗い、お供え用に煮た小豆を出した。
老人はよほど腹が減っていたのだろう、喜んでその飯を食べた。
その夜、三人が固いせんべい布団にくるまって寝ていると、除夜の鐘の音が遠くから聞こえてきた。暗闇のなかでボソリと老人の声がした。
「もう間もなく年が明けるな。ふたりはどのような願い事があるのじゃ?」
「そうですね……。できることなら、若くなりたいですね」
三太が応えた。
「ええ。私も。あきらめてはおりますが、子供ができるような若さがほしいかもしれません」
「欲がないな。銭とかではないのかな」
「願いをおもい浮かべるだけでも、十分、楽しいものですね」
「幸せな気分になりました。ありがとうございます」
夫婦は暗い部屋の中で礼を言った。
老人は笑い声をあげ、「来年は良い年になるとよいな」と告げ、眠った。二人もまもなく夢に落ちていった。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
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大晦日の夜だった。
お初(おはつ)と旦那の三太(さんた)が飯を食っていると、みすぼらしいあばら家の戸が慌ただしく鳴った。
年は五十に近づく二人。ちゃぶ台には、薄いたくあんと、ヒエの混じった飯だけがのっていた。
隣にも貧乏な夫婦がいたが、この二人の性格は悪かった。路地を駆け回る子供たちに「うるさい」と包丁を握って怒鳴りつけることもしばしばだったが、外を走る犬に罠をしかけ、殺しかけたこともあった。
三太とお初にも意地悪をする。隣近所の付き合いが江戸ではあたりまえだったが、三太とお初を気に入らないのか、長屋中に「あの夫婦はものを借りても何も返さない」と、悪い噂を流し、醤油を借りに行っても誰も貸してくれなくなった。実際には逆で、お初が味噌をお隣りに貸しても、当然のように返してこない。そ知らぬ顔で生活しているのがその意地悪い夫婦だった。
だが、三太もお初も文句を言わず、長屋で静かな暮らしを送っていた。
大晦日の夜だった。
お初(おはつ)と旦那の三太(さんた)が飯を食っていると、みすぼらしいあばら家の戸が慌ただしく鳴った。
年は五十に近づく二人。ちゃぶ台には、薄いたくあんと、ヒエの混じった飯だけがのっていた。
隣にも貧乏な夫婦がいたが、この二人の性格は悪かった。路地を駆け回る子供たちに「うるさい」と包丁を握って怒鳴りつけることもしばしばだったが、外を走る犬に罠をしかけ、殺しかけたこともあった。
三太とお初にも意地悪をする。隣近所の付き合いが江戸ではあたりまえだったが、三太とお初を気に入らないのか、長屋中に「あの夫婦はものを借りても何も返さない」と、悪い噂を流し、醤油を借りに行っても誰も貸してくれなくなった。実際には逆で、お初が味噌をお隣りに貸しても、当然のように返してこない。そ知らぬ顔で生活しているのがその意地悪い夫婦だった。
だが、三太もお初も文句を言わず、長屋で静かな暮らしを送っていた。
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