与五郎ザル(1)
与五郎ザル(1)
2024/07/30(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
いまの静岡県、遠江国の山奥に与五郎という老人と、はる、という名のばあさんがいた。
毎日近くの神明山で薪をひろい暮らしていた。仲の良い夫婦だった。
「生活もあるで、今日も薪をひろってくる」
「お気をつけていってらしてください。動物たちに悪さされんように」
「わかった。わかった」
与五郎じいさんは歯をのぞかせ、薪用の背負子(しょいこ)を背負い、出かけて行った。
主に薪としてとる木は、松や杉、クヌギなど様々だった。
じいさんの楽しみは、仕事のあと、ばあさんのつくった握り飯を食ってから、野原で昼寝をすることだった。
時折、昼寝をしていると、拾った薪が散乱していることがあった。時にはなくなっていることもあった。うさぎや野ネズミなどが、薪を相手に遊んでいるのかもしれなかった。
青い空を見上げ、足を組みながら目をつぶる食後の昼寝は、最高に心地よかった。
今日も薪をたんと拾い、握り飯を二個食し、草むらに寝転んだ。
やさしい風が頬をなで、うっとりしながら夢のなかに入っていく。
しばらく経つと、頭をコンコンと軽くたたくものがいた。
「誰じゃ」
じいさんは飛び起き、振り返ると、そこにサルが一匹みえた。悪びれるふうでもなく、おびえてもいず、じいさんのことを微笑んで見下ろしている。
よくみると、じいさんの拾った大小の薪を振り回したようで、せっかく積んだ薪があたりに散乱していた。
さては、このサルがいつもの犯人かと思い、与五郎は起き上がった。
「こら、悪さをするんじゃねえ」
じいさんが大声を出すと、四つん這いになり、小柄なサルは足早にその場を離れた。
しかし、少し逃げると、こちらを振り返りにこやかに尻を叩いた。
「あの、サル。わしを馬鹿にしおって」
じいさんはそのサルの姿をしっかりと目に焼き付け、家に戻った。キセルや銭入れなど貴重なものが盗られていないか、慌ててあたりを確認したが、盗まれたものはなかった。
その夜、いろりの赤い火を眺めながら今日の出来事をばあさんに話した。
「そのサルはじいさんが好きなのではないですかね」
「どうしてじゃ?」
「あえて、頭をたたいて起こすというのは悪さしたもののすることではありません。普通なら、黙って逃げるのではないですかね」
「確かに不思議じゃが、そのサルの顔は記憶にない顔じゃったぞ」
与五郎じいさんは首をひねり、思い当たらないそのサルをもう一度想像した。確かに、ウサギ用の罠に足を取られた大柄なサルを一度だけ過去に助けたことはあった。鋭い罠が足首に食い込み、泣き叫び、憔悴しきっていたところへ、偶然、与五郎がとおりかかったのだった。
それにひきかえ、先ほどのサルの体形は小柄でメスのように見えた。
次の日、じいさんは山で採った薪や椎茸を抱え、いつものように天竜川を下り、町に売りに出た。
「今日はいくらか売れると良い。いつも薪が売れないからな」
人通りの多い路地で薪を積んでいると、その日に限り、あっという間に客が並び、薪が減っていき、なぜかすべて昼前に売れた。
「今日はすべて売り切れたぞ。ばあさん」
嬉しそうな声で戸を開けると、ばあさんが飯を炊いて待っていた。
「全部売れた。手土産に髪飾りを買ってきた」
ばあさんの白い髪にそっとつけると、珍しく声をあげ喜んだ。
「こんな高価なものをありがとうございます。そんなに薪はよく売れたのですか?」
「ああ。しかし不思議なことがあった」
「どうしたのですか?」
「あのサルが帰りの道で待っていた」
「先日いたずらに出てきたという?」
「そうじゃ。そしてまた、おかしそうにわしの顔を眺め、尻を叩いて草むらに消えていきよった。いよいよ馬鹿にされておる気がした。今度、出くわしたらつかまえて、こらしめてやろう」
じいさんはそう語気を強め、こぶしを握った。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
いまの静岡県、遠江国の山奥に与五郎という老人と、はる、という名のばあさんがいた。
毎日近くの神明山で薪をひろい暮らしていた。仲の良い夫婦だった。
「生活もあるで、今日も薪をひろってくる」
「お気をつけていってらしてください。動物たちに悪さされんように」
「わかった。わかった」
与五郎じいさんは歯をのぞかせ、薪用の背負子(しょいこ)を背負い、出かけて行った。
主に薪としてとる木は、松や杉、クヌギなど様々だった。
じいさんの楽しみは、仕事のあと、ばあさんのつくった握り飯を食ってから、野原で昼寝をすることだった。
時折、昼寝をしていると、拾った薪が散乱していることがあった。時にはなくなっていることもあった。うさぎや野ネズミなどが、薪を相手に遊んでいるのかもしれなかった。
青い空を見上げ、足を組みながら目をつぶる食後の昼寝は、最高に心地よかった。
今日も薪をたんと拾い、握り飯を二個食し、草むらに寝転んだ。
やさしい風が頬をなで、うっとりしながら夢のなかに入っていく。
しばらく経つと、頭をコンコンと軽くたたくものがいた。
「誰じゃ」
じいさんは飛び起き、振り返ると、そこにサルが一匹みえた。悪びれるふうでもなく、おびえてもいず、じいさんのことを微笑んで見下ろしている。
よくみると、じいさんの拾った大小の薪を振り回したようで、せっかく積んだ薪があたりに散乱していた。
さては、このサルがいつもの犯人かと思い、与五郎は起き上がった。
「こら、悪さをするんじゃねえ」
じいさんが大声を出すと、四つん這いになり、小柄なサルは足早にその場を離れた。
しかし、少し逃げると、こちらを振り返りにこやかに尻を叩いた。
「あの、サル。わしを馬鹿にしおって」
じいさんはそのサルの姿をしっかりと目に焼き付け、家に戻った。キセルや銭入れなど貴重なものが盗られていないか、慌ててあたりを確認したが、盗まれたものはなかった。
その夜、いろりの赤い火を眺めながら今日の出来事をばあさんに話した。
「そのサルはじいさんが好きなのではないですかね」
「どうしてじゃ?」
「あえて、頭をたたいて起こすというのは悪さしたもののすることではありません。普通なら、黙って逃げるのではないですかね」
「確かに不思議じゃが、そのサルの顔は記憶にない顔じゃったぞ」
与五郎じいさんは首をひねり、思い当たらないそのサルをもう一度想像した。確かに、ウサギ用の罠に足を取られた大柄なサルを一度だけ過去に助けたことはあった。鋭い罠が足首に食い込み、泣き叫び、憔悴しきっていたところへ、偶然、与五郎がとおりかかったのだった。
それにひきかえ、先ほどのサルの体形は小柄でメスのように見えた。
次の日、じいさんは山で採った薪や椎茸を抱え、いつものように天竜川を下り、町に売りに出た。
「今日はいくらか売れると良い。いつも薪が売れないからな」
人通りの多い路地で薪を積んでいると、その日に限り、あっという間に客が並び、薪が減っていき、なぜかすべて昼前に売れた。
「今日はすべて売り切れたぞ。ばあさん」
嬉しそうな声で戸を開けると、ばあさんが飯を炊いて待っていた。
「全部売れた。手土産に髪飾りを買ってきた」
ばあさんの白い髪にそっとつけると、珍しく声をあげ喜んだ。
「こんな高価なものをありがとうございます。そんなに薪はよく売れたのですか?」
「ああ。しかし不思議なことがあった」
「どうしたのですか?」
「あのサルが帰りの道で待っていた」
「先日いたずらに出てきたという?」
「そうじゃ。そしてまた、おかしそうにわしの顔を眺め、尻を叩いて草むらに消えていきよった。いよいよ馬鹿にされておる気がした。今度、出くわしたらつかまえて、こらしめてやろう」
じいさんはそう語気を強め、こぶしを握った。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
いまの静岡県、遠江国の山奥に与五郎という老人と、はる、という名のばあさんがいた。
毎日近くの神明山で薪をひろい暮らしていた。仲の良い夫婦だった。
「生活もあるで、今日も薪をひろってくる」
「お気をつけていってらしてください。動物たちに悪さされんように」
「わかった。わかった」
与五郎じいさんは歯をのぞかせ、薪用の背負子(しょいこ)を背負い、出かけて行った。
主に薪としてとる木は、松や杉、クヌギなど様々だった。
じいさんの楽しみは、仕事のあと、ばあさんのつくった握り飯を食ってから、野原で昼寝をすることだった。
時折、昼寝をしていると、拾った薪が散乱していることがあった。時にはなくなっていることもあった。うさぎや野ネズミなどが、薪を相手に遊んでいるのかもしれなかった。
青い空を見上げ、足を組みながら目をつぶる食後の昼寝は、最高に心地よかった。
今日も薪をたんと拾い、握り飯を二個食し、草むらに寝転んだ。
やさしい風が頬をなで、うっとりしながら夢のなかに入っていく。
いまの静岡県、遠江国の山奥に与五郎という老人と、はる、という名のばあさんがいた。
毎日近くの神明山で薪をひろい暮らしていた。仲の良い夫婦だった。
「生活もあるで、今日も薪をひろってくる」
「お気をつけていってらしてください。動物たちに悪さされんように」
「わかった。わかった」
与五郎じいさんは歯をのぞかせ、薪用の背負子(しょいこ)を背負い、出かけて行った。
主に薪としてとる木は、松や杉、クヌギなど様々だった。
じいさんの楽しみは、仕事のあと、ばあさんのつくった握り飯を食ってから、野原で昼寝をすることだった。
時折、昼寝をしていると、拾った薪が散乱していることがあった。時にはなくなっていることもあった。うさぎや野ネズミなどが、薪を相手に遊んでいるのかもしれなかった。
青い空を見上げ、足を組みながら目をつぶる食後の昼寝は、最高に心地よかった。
今日も薪をたんと拾い、握り飯を二個食し、草むらに寝転んだ。
やさしい風が頬をなで、うっとりしながら夢のなかに入っていく。
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