巫女の呪いと雀(1)
巫女の呪いと雀(1)
2023/08/15(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
東北の奥地に湯沢村という場所がある。東西に延び南北に狭い地形で、南昌山や箱ケ森の山地が周囲にみえる。
地名の由来は温泉が湧出たからで、縄文土器も出土した。
その小さな村には雀神社という社があった。祭神は温泉の神様といわれる少彦名命(すくなびこなのみこと)だった。
この地に温泉が湧出し栄えていた平和な時代、村には一人の巫女がいた。
稲の実りが悪い時や雨が降らない日は、名主などが老婆の巫女に、祈りの儀式を願い出た。
「今年の夏も空梅雨でごぜえやす。あたりの稲は茶色く、生気なくうなだれています。なんとか、雨が降りますよう、お願い致しやす。湯治客に渡す飲み水もなく、村人一同、困っております」
「わかりました。山の神にお願いいたしましょう」
そう巫女が応え、奥に引きこもった。
二日後、雨が三日連続で降り続いた。
村の中で、巫女の祈祷は効くと評判だった。医者が少ないこともあり、腰の痛みや咳が出るだけでも老巫女の家に多くの村人が足を向けた。
巫女の家には一人息子がいた。道楽がはげしく悩みの種でもあったが、巫女はなによりも大事に育てていた。
名を「せい(淨)」といった。年は十五。着物をだらしなく羽織っては、目つき鋭く、村中を徘徊していた。男は片目が生まれつきつぶれていた。
せいは、人を見ると、湯治客でも悪態をついた。余計に周囲から気味悪がられた。村人は陰で罵詈を投げかけ、彼をいじめた。そのおかげで、男は片目で不自由な生活を余計に恨み、悪行に出た。
「誰か、おらの財布、知らねっが」
ある日、湯治客の五十男が温泉場で騒ぎ始めた。自分の財布があたりをいくら探しても、見つからなかったという。
湯治客のなかから、片目の恐ろしげな男があたりをうろついていた、という話が出た。それがあっという間に広まった。
嫌疑がせいにかかり、役人に引き渡されてしまった。男は無実を訴えたが、日頃のせいの不気味さに迷惑していた村人の多くは、彼がつるし上げられることをどこかで願っていた。
結果、その噂を村中が暗黙で信じ込むことにし、役人に引き渡した。それが真実だった。
「こいつは悪いやつでごぜえやす。厳罰が村の願いです」
村方三役のひとり清兵衛が役人に耳打ちした。村は田畑の作物以外に、湯治客が落とす銭で潤っていた。盗人の件があたりに広まり、この村に湯治客が訪れなくなることは、村びとの生き死にを左右する。
せいは打ち首になった。当時、物取りの罪は重かった。
巫女は村の仕打ちとせいが死んだことに卒倒した。
老女はひと月ほど寝込み、後に、起き上がれるようになったが、せいが生き返ってほしいと、憑りつかれたように神に祈りを捧げた。
祈祷の玉串を一心不乱に振った。しかし、せいは生き返らず、同時に、村人に憎しみが沸いた。
――自分はこれほど村に尽くしてきたのに、息子に罪を着せ、役人に引き渡した。この恨み忘れることはできない。
玉串が左右に踊る度に、巫女の老いた思考の中で冥い言葉が繰り返された。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
東北の奥地に湯沢村という場所がある。東西に延び南北に狭い地形で、南昌山や箱ケ森の山地が周囲にみえる。
地名の由来は温泉が湧出たからで、縄文土器も出土した。
その小さな村には雀神社という社があった。祭神は温泉の神様といわれる少彦名命(すくなびこなのみこと)だった。
この地に温泉が湧出し栄えていた平和な時代、村には一人の巫女がいた。
稲の実りが悪い時や雨が降らない日は、名主などが老婆の巫女に、祈りの儀式を願い出た。
「今年の夏も空梅雨でごぜえやす。あたりの稲は茶色く、生気なくうなだれています。なんとか、雨が降りますよう、お願い致しやす。湯治客に渡す飲み水もなく、村人一同、困っております」
「わかりました。山の神にお願いいたしましょう」
そう巫女が応え、奥に引きこもった。
二日後、雨が三日連続で降り続いた。
村の中で、巫女の祈祷は効くと評判だった。医者が少ないこともあり、腰の痛みや咳が出るだけでも老巫女の家に多くの村人が足を向けた。
巫女の家には一人息子がいた。道楽がはげしく悩みの種でもあったが、巫女はなによりも大事に育てていた。
名を「せい(淨)」といった。年は十五。着物をだらしなく羽織っては、目つき鋭く、村中を徘徊していた。男は片目が生まれつきつぶれていた。
せいは、人を見ると、湯治客でも悪態をついた。余計に周囲から気味悪がられた。村人は陰で罵詈を投げかけ、彼をいじめた。そのおかげで、男は片目で不自由な生活を余計に恨み、悪行に出た。
「誰か、おらの財布、知らねっが」
ある日、湯治客の五十男が温泉場で騒ぎ始めた。自分の財布があたりをいくら探しても、見つからなかったという。
湯治客のなかから、片目の恐ろしげな男があたりをうろついていた、という話が出た。それがあっという間に広まった。
嫌疑がせいにかかり、役人に引き渡されてしまった。男は無実を訴えたが、日頃のせいの不気味さに迷惑していた村人の多くは、彼がつるし上げられることをどこかで願っていた。
結果、その噂を村中が暗黙で信じ込むことにし、役人に引き渡した。それが真実だった。
「こいつは悪いやつでごぜえやす。厳罰が村の願いです」
村方三役のひとり清兵衛が役人に耳打ちした。村は田畑の作物以外に、湯治客が落とす銭で潤っていた。盗人の件があたりに広まり、この村に湯治客が訪れなくなることは、村びとの生き死にを左右する。
せいは打ち首になった。当時、物取りの罪は重かった。
巫女は村の仕打ちとせいが死んだことに卒倒した。
老女はひと月ほど寝込み、後に、起き上がれるようになったが、せいが生き返ってほしいと、憑りつかれたように神に祈りを捧げた。
祈祷の玉串を一心不乱に振った。しかし、せいは生き返らず、同時に、村人に憎しみが沸いた。
――自分はこれほど村に尽くしてきたのに、息子に罪を着せ、役人に引き渡した。この恨み忘れることはできない。
玉串が左右に踊る度に、巫女の老いた思考の中で冥い言葉が繰り返された。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
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東北の奥地に湯沢村という場所がある。東西に延び南北に狭い地形で、南昌山や箱ケ森の山地が周囲にみえる。
地名の由来は温泉が湧出たからで、縄文土器も出土した。
その小さな村には雀神社という社があった。祭神は温泉の神様といわれる少彦名命(すくなびこなのみこと)だった。
この地に温泉が湧出し栄えていた平和な時代、村には一人の巫女がいた。
稲の実りが悪い時や雨が降らない日は、名主などが老婆の巫女に、祈りの儀式を願い出た。
「今年の夏も空梅雨でごぜえやす。あたりの稲は茶色く、生気なくうなだれています。なんとか、雨が降りますよう、お願い致しやす。湯治客に渡す飲み水もなく、村人一同、困っております」
「わかりました。山の神にお願いいたしましょう」
そう巫女が応え、奥に引きこもった。
二日後、雨が三日連続で降り続いた。
村の中で、巫女の祈祷は効くと評判だった。医者が少ないこともあり、腰の痛みや咳が出るだけでも老巫女の家に多くの村人が足を向けた。
東北の奥地に湯沢村という場所がある。東西に延び南北に狭い地形で、南昌山や箱ケ森の山地が周囲にみえる。
地名の由来は温泉が湧出たからで、縄文土器も出土した。
その小さな村には雀神社という社があった。祭神は温泉の神様といわれる少彦名命(すくなびこなのみこと)だった。
この地に温泉が湧出し栄えていた平和な時代、村には一人の巫女がいた。
稲の実りが悪い時や雨が降らない日は、名主などが老婆の巫女に、祈りの儀式を願い出た。
「今年の夏も空梅雨でごぜえやす。あたりの稲は茶色く、生気なくうなだれています。なんとか、雨が降りますよう、お願い致しやす。湯治客に渡す飲み水もなく、村人一同、困っております」
「わかりました。山の神にお願いいたしましょう」
そう巫女が応え、奥に引きこもった。
二日後、雨が三日連続で降り続いた。
村の中で、巫女の祈祷は効くと評判だった。医者が少ないこともあり、腰の痛みや咳が出るだけでも老巫女の家に多くの村人が足を向けた。
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