弥助の赤い袋とお稲荷さま(3)
弥助の赤い袋とお稲荷さま(3)(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
――果たして、何日通ったのだろうか。
雪になりそうな凍えるほど冷えた風が吹いている。見上げると、星が鮮やかに輝いてみえた。
弥助は祠の前にうずくまり、手を強く合わせた。
「お稲荷さま、なにとぞ、おかあを、おかあをもどしてくだせえ」
突然、目の前に一陣の風が舞った。生暖かかった。
山となった赤い袋が座布団のように見えた、かと思うと、弥助のおかあが不意に目前に姿を現した。それは遠い昔、弥助が見たことのある、目の輝いた若々しい母親だった。
「おかあ」
弥助が近づこうとすると、母親はにっこりと笑って両手を広げるのがみえた。
駆け足で石段を登ろうとしたが、腹が減って少しよろめいた。しかし、母親の手がふわりと弥助のやせ細った体をもちあげた。
「弥助、よくがんばってくれました。ありがとう。布のなかには、私の長い黒髪が一本ずつ入っていました。私が病に倒れたある晩、お稲荷さまが夢枕にたたれ、祠に、自分の髪を捧げるように告げられたのです。それを毎日、祠に、感謝をこめて届けていただいたのです」
「そうだったのけ」
弥助は幸せだった。母親に抱かれたのはいつ以来だろうか。愛情に満ちたぬくもりを全身に感じた。
「あなたが心をこめて届けてくれたおかげで、あの世にいってからも、私の髪の一本一本がこの世とつないでくれ、会いに来ることができました」
「はい」
弥助はにっこり笑い、母親の顔をまじかで見上げた。誇らしかった。
「これからあなたはどうしたいですか、弥助?」
耳元で母が優しくつぶやくのが聞こえた。弥助はもう母親と離れたくなかった。いままで母を心配させまいと、じっと耐えてきた。一回も本心を明かしたことはない。しかし、小さな子供の胸は、すでに我慢ではちきれそうだった。
「おかあ、一緒に連れて行ってけろ」
そう弥助が声をしぼりだした。母親の目の奥が小さく笑った。
その瞬間、一陣の風が強く舞い、砂埃があがった。
二人の姿はそのまま祠から見えなくなった。
江戸川近くの市川の稲荷神社の祠には弥助の伝説が残っている。いまでも赤い布袋を手に、お参りすると、願いがかなうという。
了
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――果たして、何日通ったのだろうか。
雪になりそうな凍えるほど冷えた風が吹いている。見上げると、星が鮮やかに輝いてみえた。
弥助は祠の前にうずくまり、手を強く合わせた。
「お稲荷さま、なにとぞ、おかあを、おかあをもどしてくだせえ」
突然、目の前に一陣の風が舞った。生暖かかった。
山となった赤い袋が座布団のように見えた、かと思うと、弥助のおかあが不意に目前に姿を現した。それは遠い昔、弥助が見たことのある、目の輝いた若々しい母親だった。
「おかあ」
弥助が近づこうとすると、母親はにっこりと笑って両手を広げるのがみえた。