五兵衛の寺(1)
五兵衛の寺(1)
2024/10/22(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
昔、上越の山間の村に五兵衛(ごへえ)という籠(かご)職人がいた。竹で編んだ籠や小物を抱えては、ときどき山越えし、村や町に売りにいく。信心深い男で、毎日、念仏を唱えていた。
ある日、となり村の庄屋の家で帰りが遅くなった。
「つい話すぎました。もう夕暮れになります。また来月お邪魔させていただきます。庄屋様」
「五兵衛さん、あなたの竹細工は、この村でも評判がよいですからね。おかげで、この村の職人たちは自分の作ったものを買ってもらえないので、商売あがったり、と嘆いておりますよ」
「そんなこともございますまい」
「いやいや年々、職人が少なくなっているのは事実。この村も竹が売るほど生えている村です」
深いしわを刻んだ老人はそこで笑い声をあげた。庄屋は優しそうではあったが、右目がつぶれていた。それが不気味ではあった。
「その節はなにとぞ、村の方々を集めておいてください」
「わかりました。ではお気をつけてお帰りなさい」
庄屋に優しく声をかけられ、夕陽が今にも隠れそうな山に男は向かった。もってきたほとんどの品が売れたのだから、足取りも軽い。
「今日はたんと売れた」
銭の重みで着物が重く感じた。懐に手を入れると銭袋を結んでいる竹で編んだ守り仏にそっと指で触れた。
――これでまたひと月、少しゆとりのある生活を送れそうだ。ありがたい。
五兵衛は仏に感謝し、家で待つ女房、はなの喜ぶ顔を思い返した。二人目を身ごもっている。
それほど遠くないこの山を越えれば五兵衛のすむ村だ。はなと一人娘に会える。
そう意気込んで、山に入る小路に草履で踏み込んだときだった。五兵衛様、と背後から大声で自分の名を呼ぶ声が響いた。
振り返ると、ほんのりとした灯りが揺れながら、みるみる人影がこちらへ近づいてきた。よくみると、庄屋の家の婢(はしため)だとわかった。
「先ほどはお邪魔しました。そんなに急いでどうなされたのです」
「ご主人様から、あなた様に、もう真っ暗になるからこれを持って行っていただきなさい、と申し付かりまして」
「庄屋様が、この提灯を」
「獣が多いこの山です。五兵衛さんになにかあったら村の方に申し訳ない、と」
「それはお心づかい恐縮です」
「心優しいあなた様をご主人様がたいそう気に入っておられるようでございます」
「庄屋様にはよく御礼を申し上げてください。お借りした提灯は必ず次回お持ちさせていただきます」
五兵衛は丁寧に頭を下げ、あなたこそ帰り道に気を付けてください、と婢に伝え、薮を分け入り、山道に入っていった。
通いなれた道だとはいえ、夜は不気味だった。野犬の遠吠えや、悲鳴にも似た小動物の叫びがあちこちで聞こえ始めた。
「急がねばなるまい」
五兵衛は、少し弱気になりはじめた自分の心に言い聞かせ、風で揺れる提灯の炎を気にしながら、どんどん獣道を進んだ。
ところが、五兵衛の周囲に殺気立った気配が集まりだした。唸り声も耳に響く。
「狼か?」
五兵衛は、その場で立ち止まった。これ以上、歩くのは危険だと感じた。
五匹はいそうだった。炎にはあまり近づいてこないはずだが、なぜ提灯をもつ自分のもとに獣が集まりだしたのか、と不思議でもあった。
喉を鳴らす恐ろしい響きがあたりを囲んでいる。じりじりとその気配が自分に近づいていくのがわかった。
震える膝をなんとか堪えながら、念仏を必死で唱えた。男は後ろに下がっていった。
「おい、おまえ」
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
昔、上越の山間の村に五兵衛(ごへえ)という籠(かご)職人がいた。竹で編んだ籠や小物を抱えては、ときどき山越えし、村や町に売りにいく。信心深い男で、毎日、念仏を唱えていた。
ある日、となり村の庄屋の家で帰りが遅くなった。
「つい話すぎました。もう夕暮れになります。また来月お邪魔させていただきます。庄屋様」
「五兵衛さん、あなたの竹細工は、この村でも評判がよいですからね。おかげで、この村の職人たちは自分の作ったものを買ってもらえないので、商売あがったり、と嘆いておりますよ」
「そんなこともございますまい」
「いやいや年々、職人が少なくなっているのは事実。この村も竹が売るほど生えている村です」
深いしわを刻んだ老人はそこで笑い声をあげた。庄屋は優しそうではあったが、右目がつぶれていた。それが不気味ではあった。
「その節はなにとぞ、村の方々を集めておいてください」
「わかりました。ではお気をつけてお帰りなさい」
庄屋に優しく声をかけられ、夕陽が今にも隠れそうな山に男は向かった。もってきたほとんどの品が売れたのだから、足取りも軽い。
「今日はたんと売れた」
銭の重みで着物が重く感じた。懐に手を入れると銭袋を結んでいる竹で編んだ守り仏にそっと指で触れた。
――これでまたひと月、少しゆとりのある生活を送れそうだ。ありがたい。
五兵衛は仏に感謝し、家で待つ女房、はなの喜ぶ顔を思い返した。二人目を身ごもっている。
それほど遠くないこの山を越えれば五兵衛のすむ村だ。はなと一人娘に会える。
そう意気込んで、山に入る小路に草履で踏み込んだときだった。五兵衛様、と背後から大声で自分の名を呼ぶ声が響いた。
振り返ると、ほんのりとした灯りが揺れながら、みるみる人影がこちらへ近づいてきた。よくみると、庄屋の家の婢(はしため)だとわかった。
「先ほどはお邪魔しました。そんなに急いでどうなされたのです」
「ご主人様から、あなた様に、もう真っ暗になるからこれを持って行っていただきなさい、と申し付かりまして」
「庄屋様が、この提灯を」
「獣が多いこの山です。五兵衛さんになにかあったら村の方に申し訳ない、と」
「それはお心づかい恐縮です」
「心優しいあなた様をご主人様がたいそう気に入っておられるようでございます」
「庄屋様にはよく御礼を申し上げてください。お借りした提灯は必ず次回お持ちさせていただきます」
五兵衛は丁寧に頭を下げ、あなたこそ帰り道に気を付けてください、と婢に伝え、薮を分け入り、山道に入っていった。
通いなれた道だとはいえ、夜は不気味だった。野犬の遠吠えや、悲鳴にも似た小動物の叫びがあちこちで聞こえ始めた。
「急がねばなるまい」
五兵衛は、少し弱気になりはじめた自分の心に言い聞かせ、風で揺れる提灯の炎を気にしながら、どんどん獣道を進んだ。
ところが、五兵衛の周囲に殺気立った気配が集まりだした。唸り声も耳に響く。
「狼か?」
五兵衛は、その場で立ち止まった。これ以上、歩くのは危険だと感じた。
五匹はいそうだった。炎にはあまり近づいてこないはずだが、なぜ提灯をもつ自分のもとに獣が集まりだしたのか、と不思議でもあった。
喉を鳴らす恐ろしい響きがあたりを囲んでいる。じりじりとその気配が自分に近づいていくのがわかった。
震える膝をなんとか堪えながら、念仏を必死で唱えた。男は後ろに下がっていった。
「おい、おまえ」
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
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(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
昔、上越の山間の村に五兵衛(ごへえ)という籠(かご)職人がいた。竹で編んだ籠や小物を抱えては、ときどき山越えし、村や町に売りにいく。信心深い男で、毎日、念仏を唱えていた。
ある日、となり村の庄屋の家で帰りが遅くなった。
「つい話すぎました。もう夕暮れになります。また来月お邪魔させていただきます。庄屋様」
「五兵衛さん、あなたの竹細工は、この村でも評判がよいですからね。おかげで、この村の職人たちは自分の作ったものを買ってもらえないので、商売あがったり、と嘆いておりますよ」
「そんなこともございますまい」
「いやいや年々、職人が少なくなっているのは事実。この村も竹が売るほど生えている村です」
深いしわを刻んだ老人はそこで笑い声をあげた。庄屋は優しそうではあったが、右目がつぶれていた。それが不気味ではあった。
「その節はなにとぞ、村の方々を集めておいてください」
「わかりました。ではお気をつけてお帰りなさい」
庄屋に優しく声をかけられ、夕陽が今にも隠れそうな山に男は向かった。もってきたほとんどの品が売れたのだから、足取りも軽い。
「今日はたんと売れた」
銭の重みで着物が重く感じた。懐に手を入れると銭袋を結んでいる竹で編んだ守り仏にそっと指で触れた。
昔、上越の山間の村に五兵衛(ごへえ)という籠(かご)職人がいた。竹で編んだ籠や小物を抱えては、ときどき山越えし、村や町に売りにいく。信心深い男で、毎日、念仏を唱えていた。
ある日、となり村の庄屋の家で帰りが遅くなった。
「つい話すぎました。もう夕暮れになります。また来月お邪魔させていただきます。庄屋様」
「五兵衛さん、あなたの竹細工は、この村でも評判がよいですからね。おかげで、この村の職人たちは自分の作ったものを買ってもらえないので、商売あがったり、と嘆いておりますよ」
「そんなこともございますまい」
「いやいや年々、職人が少なくなっているのは事実。この村も竹が売るほど生えている村です」
深いしわを刻んだ老人はそこで笑い声をあげた。庄屋は優しそうではあったが、右目がつぶれていた。それが不気味ではあった。
「その節はなにとぞ、村の方々を集めておいてください」
「わかりました。ではお気をつけてお帰りなさい」
庄屋に優しく声をかけられ、夕陽が今にも隠れそうな山に男は向かった。もってきたほとんどの品が売れたのだから、足取りも軽い。
「今日はたんと売れた」
銭の重みで着物が重く感じた。懐に手を入れると銭袋を結んでいる竹で編んだ守り仏にそっと指で触れた。
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