六兵衛の願い(3)
六兵衛の願い(3)
2024/10/15(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
しばらくすると、六兵衛は誰かに名を呼ばれた。上半身を揺さぶられているようだった。
不思議そうにあたりに目をやると、そこは女と出会った沼のある森ではなかった。
懐かしい声がした。
「六兵衛」
目の前で見覚えのある顔が笑っていた。
「父さま」
我家のようだった。
「ありがとう、六兵衛。わたしは死の淵から助かったようじゃ」
父の顔に生気がみなぎっていた。
「どうしたのですか?」
六兵衛が訊ねると、昨晩、夢の中に突然天女様が現れたようだ、と父が告げ、夢の説明をはじめた。
「お前の息子が、命を助けてほしい、と願ってきた。それゆえに病を治してやろう」
「どういうことでございましょう」
「お前の息子は立派な心優しい人間に成長しているようだ」
「ありがとうございます。阿呆ではございますが気の優しい男でございます」
「そうだな。困った女に身を変えたわたしを助け、自分がほしいものより、親の命を救おうとした。困っている他人を迷わず助け、赤子にも好かれる。とても素晴らしい人間じゃ」
「はい」
「世の中、阿呆の代わりはいくらでもいるが心根が良いものは少ない。大切にせよ」
そう言い残して、黄金の輝きを放ち、その場から消えた。
「六兵衛。おまえを生んでよかった」
庄屋はそう涙を流した。六兵衛に抱き着いた。
六兵衛の中にも、沼で出会った赤子を抱えた女とのやりとりが鮮明に甦った。
いままで人の顔が覚えられず苦労したことが嘘のように記憶が残っている。
「父様。わたしも、夢をみていたようです」
そう嘘をついた。
赤子を抱えた女は天女だった。困っている自分と父親の命を助けるため沼に姿を現したのだろう。
六兵衛は現実の世界で天女と遭遇したに違いない。自分の服が濡れているのが証拠だった。ただし、今後もその記憶はないことにしておこう、そう決めた。
「父様、これからはわたしが村を守るため、庄屋として立派に仕事をしてまいります」
六兵衛は抱き合う父に向かい、そう告げた。
庄屋は、生まれてからはじめて聞く、息子の立派で力強い言葉に涙が止まらなくなった。
それきり、庄屋の病も嘘のように治った。
六兵衛が庄屋の後を継いでから貧しい村が大きく変わった。
六兵衛は村を救うため、新田を開発した。
それを境に四倍の八百石ほどの米が収穫できるようになり、村は豊かになった。
村人は大いに感謝した。
六兵衛はあたりでも評判の名庄屋と呼ばれた。
その後、命が天女に助けられた話が村をおさめる殿様の耳にも入った。
六兵衛は「天女」のつく苗字と帯刀を許された。
村ではいまでも中興の祖として六兵衛が祀られ、尊崇を集めているという。
了
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
しばらくすると、六兵衛は誰かに名を呼ばれた。上半身を揺さぶられているようだった。
不思議そうにあたりに目をやると、そこは女と出会った沼のある森ではなかった。
懐かしい声がした。
「六兵衛」
目の前で見覚えのある顔が笑っていた。
「父さま」
我家のようだった。
「ありがとう、六兵衛。わたしは死の淵から助かったようじゃ」
父の顔に生気がみなぎっていた。
「どうしたのですか?」
六兵衛が訊ねると、昨晩、夢の中に突然天女様が現れたようだ、と父が告げ、夢の説明をはじめた。
「お前の息子が、命を助けてほしい、と願ってきた。それゆえに病を治してやろう」
「どういうことでございましょう」
「お前の息子は立派な心優しい人間に成長しているようだ」
「ありがとうございます。阿呆ではございますが気の優しい男でございます」
「そうだな。困った女に身を変えたわたしを助け、自分がほしいものより、親の命を救おうとした。困っている他人を迷わず助け、赤子にも好かれる。とても素晴らしい人間じゃ」
「はい」
「世の中、阿呆の代わりはいくらでもいるが心根が良いものは少ない。大切にせよ」
そう言い残して、黄金の輝きを放ち、その場から消えた。
「六兵衛。おまえを生んでよかった」
庄屋はそう涙を流した。六兵衛に抱き着いた。
六兵衛の中にも、沼で出会った赤子を抱えた女とのやりとりが鮮明に甦った。
いままで人の顔が覚えられず苦労したことが嘘のように記憶が残っている。
「父様。わたしも、夢をみていたようです」
そう嘘をついた。
赤子を抱えた女は天女だった。困っている自分と父親の命を助けるため沼に姿を現したのだろう。
六兵衛は現実の世界で天女と遭遇したに違いない。自分の服が濡れているのが証拠だった。ただし、今後もその記憶はないことにしておこう、そう決めた。
「父様、これからはわたしが村を守るため、庄屋として立派に仕事をしてまいります」
六兵衛は抱き合う父に向かい、そう告げた。
庄屋は、生まれてからはじめて聞く、息子の立派で力強い言葉に涙が止まらなくなった。
それきり、庄屋の病も嘘のように治った。
六兵衛が庄屋の後を継いでから貧しい村が大きく変わった。
六兵衛は村を救うため、新田を開発した。
それを境に四倍の八百石ほどの米が収穫できるようになり、村は豊かになった。
村人は大いに感謝した。
六兵衛はあたりでも評判の名庄屋と呼ばれた。
その後、命が天女に助けられた話が村をおさめる殿様の耳にも入った。
六兵衛は「天女」のつく苗字と帯刀を許された。
村ではいまでも中興の祖として六兵衛が祀られ、尊崇を集めているという。
了
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しばらくすると、六兵衛は誰かに名を呼ばれた。上半身を揺さぶられているようだった。
不思議そうにあたりに目をやると、そこは女と出会った沼のある森ではなかった。
懐かしい声がした。
「六兵衛」
目の前で見覚えのある顔が笑っていた。
「父さま」
我家のようだった。
「ありがとう、六兵衛。わたしは死の淵から助かったようじゃ」
父の顔に生気がみなぎっていた。
「どうしたのですか?」
六兵衛が訊ねると、昨晩、夢の中に突然天女様が現れたようだ、と父が告げ、夢の説明をはじめた。
「お前の息子が、命を助けてほしい、と願ってきた。それゆえに病を治してやろう」
「どういうことでございましょう」
「お前の息子は立派な心優しい人間に成長しているようだ」
「ありがとうございます。阿呆ではございますが気の優しい男でございます」
「そうだな。困った女に身を変えたわたしを助け、自分がほしいものより、親の命を救おうとした。困っている他人を迷わず助け、赤子にも好かれる。とても素晴らしい人間じゃ」
「はい」
「世の中、阿呆の代わりはいくらでもいるが心根が良いものは少ない。大切にせよ」
そう言い残して、黄金の輝きを放ち、その場から消えた。
しばらくすると、六兵衛は誰かに名を呼ばれた。上半身を揺さぶられているようだった。
不思議そうにあたりに目をやると、そこは女と出会った沼のある森ではなかった。
懐かしい声がした。
「六兵衛」
目の前で見覚えのある顔が笑っていた。
「父さま」
我家のようだった。
「ありがとう、六兵衛。わたしは死の淵から助かったようじゃ」
父の顔に生気がみなぎっていた。
「どうしたのですか?」
六兵衛が訊ねると、昨晩、夢の中に突然天女様が現れたようだ、と父が告げ、夢の説明をはじめた。
「お前の息子が、命を助けてほしい、と願ってきた。それゆえに病を治してやろう」
「どういうことでございましょう」
「お前の息子は立派な心優しい人間に成長しているようだ」
「ありがとうございます。阿呆ではございますが気の優しい男でございます」
「そうだな。困った女に身を変えたわたしを助け、自分がほしいものより、親の命を救おうとした。困っている他人を迷わず助け、赤子にも好かれる。とても素晴らしい人間じゃ」
「はい」
「世の中、阿呆の代わりはいくらでもいるが心根が良いものは少ない。大切にせよ」
そう言い残して、黄金の輝きを放ち、その場から消えた。
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