鰻の変わり目(2)
鰻の変わり目(2)
2024/06/11(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
気づけば、ほんの五間(十メートル)先まで迫っている。
「まずい。鰻君。逃げなければ」
アジが慌てて呟くと、素早くその場から立ち去った。
「アジ君、先に行かないで」
そう鰻が言いかけると、チョウザメが高速でこちらに向かってくるのがみえた。出産間近のため、いらついているのかもしれない。それとも話し声が聞こえたのか。鰻を目がけ鋭く伸びた口先で向かってくる。
鰻はうねうねと全身をゆすり、全力で逃げた。しかし、チョウザメは速い。怒った目つきで突進してきた。揺れる海藻の間に鰻はぬるりともぐりこんだ。しかし、チョウザメは大きな体でワカメの間に入り込んでくる。すぐそこに迫った。その瞬間、チョウザメの口先が鰻の尾びれに触れた。このままでは捕まると焦り、鰻は、丸まってくれ、と懸命に尖った尾びれに力をこめた。するといままで長く伸びていたひれの先が、不意にまるまった。
瞬間、チョウザメが噛みつこうとしたが、変化により、鰻の尾びれに噛みつくことができず、ガツンと上下の歯が鳴った。チョウザメの全身が揺さぶられた。するとその反動で、パンパンに膨れていたチョウザメの腹から、黒く輝いた卵がぽろりぽろりと水面に零れ落ちた。キラキラと光る水中のキャビアに目を奪われかけながらも鰻は必死に体を捩らせて逃げた。なんとかその場を脱出し、その先にあるイソギンチャクが群がる岩場の細い穴に全身をくぐらせた。背びれが穴の岩肌でこすれた。痛みも激しかったが、恐怖で生きた心地がしない。同時に、背後で巨大な音が響いた。チョウザメが顔を穴の入口に打ちつけたようだった。
鰻の前方には暗く細い穴が続く。チョウザメは入ることができないがある程度の大きさがあった。まだ気を許せない。鰻は心細くなった。
だいぶ穴を進んだ。それから、恐る恐る背後を振り返った。ずっと先の小さな光の穴から、チョウザメが悔しそうに穴の中をのぞいている姿が見えた。
チョウザメは穴の前でうろうろとしていた。こちらに気を取られているから気づいていないが、その背後を、アジが泳いでいく。それが隙間からみえた。
腹からこぼれ落ちたキャビアをひとつひとつアジが口で吸い取っている様子だった。そのたびに、アジは声を押し殺し悦に入っているようだった。
「ちくしょう。チョウザメに追いかけられ、命がけだった間に、まんまとアジ君はキャビアを食べているぞ」
悔しくて、悔しくて、鰻は穴の中で、少しずつ全身に熱が帯びるのを感じた。
それから一時間ほど経過すると、チョウザメの姿が岩場の穴から見えなくなった。しかし油断はできない。時間をかけ入口に戻った。不安げに岩場の穴から体を出してみた。
目前でアジがゆらゆらと漂っているのがみえた。満腹でこのうえなく幸せそうな姿にみえた。
鰻は自分が命を縮めている恐怖の間に、利を得ているアジがゆるせなかった。
「おい、アジ君、目を覚ましなよ」
鰻の響きにアジが眠そうに反応した。
「あっ、鰻君。た、大変だったね」
およそ人ごとのような平たい顔だ。
「アジ君、君はボクがチョウザメに追いかけられている間に、こともあろうか、あのキャビアを独り占めしたね」
「それがどうしたというのだい。岩陰に隠れて君が追われている姿を見ていたら、あいつがお腹から卵をこぼしたのさ。たくさんあったキャビアは流れて行ってしまったから、鰻君の食べる分はなかっただろうね。その隙に、いただいただけ。それにしてもあんなにうまいものはいままで食べたことがないよ」
悪びれる雰囲気もなくアジは満足そうに奇跡を思い出している。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
気づけば、ほんの五間(十メートル)先まで迫っている。
「まずい。鰻君。逃げなければ」
アジが慌てて呟くと、素早くその場から立ち去った。
「アジ君、先に行かないで」
そう鰻が言いかけると、チョウザメが高速でこちらに向かってくるのがみえた。出産間近のため、いらついているのかもしれない。それとも話し声が聞こえたのか。鰻を目がけ鋭く伸びた口先で向かってくる。
鰻はうねうねと全身をゆすり、全力で逃げた。しかし、チョウザメは速い。怒った目つきで突進してきた。揺れる海藻の間に鰻はぬるりともぐりこんだ。しかし、チョウザメは大きな体でワカメの間に入り込んでくる。すぐそこに迫った。その瞬間、チョウザメの口先が鰻の尾びれに触れた。このままでは捕まると焦り、鰻は、丸まってくれ、と懸命に尖った尾びれに力をこめた。するといままで長く伸びていたひれの先が、不意にまるまった。
瞬間、チョウザメが噛みつこうとしたが、変化により、鰻の尾びれに噛みつくことができず、ガツンと上下の歯が鳴った。チョウザメの全身が揺さぶられた。するとその反動で、パンパンに膨れていたチョウザメの腹から、黒く輝いた卵がぽろりぽろりと水面に零れ落ちた。キラキラと光る水中のキャビアに目を奪われかけながらも鰻は必死に体を捩らせて逃げた。なんとかその場を脱出し、その先にあるイソギンチャクが群がる岩場の細い穴に全身をくぐらせた。背びれが穴の岩肌でこすれた。痛みも激しかったが、恐怖で生きた心地がしない。同時に、背後で巨大な音が響いた。チョウザメが顔を穴の入口に打ちつけたようだった。
鰻の前方には暗く細い穴が続く。チョウザメは入ることができないがある程度の大きさがあった。まだ気を許せない。鰻は心細くなった。
だいぶ穴を進んだ。それから、恐る恐る背後を振り返った。ずっと先の小さな光の穴から、チョウザメが悔しそうに穴の中をのぞいている姿が見えた。
チョウザメは穴の前でうろうろとしていた。こちらに気を取られているから気づいていないが、その背後を、アジが泳いでいく。それが隙間からみえた。
腹からこぼれ落ちたキャビアをひとつひとつアジが口で吸い取っている様子だった。そのたびに、アジは声を押し殺し悦に入っているようだった。
「ちくしょう。チョウザメに追いかけられ、命がけだった間に、まんまとアジ君はキャビアを食べているぞ」
悔しくて、悔しくて、鰻は穴の中で、少しずつ全身に熱が帯びるのを感じた。
それから一時間ほど経過すると、チョウザメの姿が岩場の穴から見えなくなった。しかし油断はできない。時間をかけ入口に戻った。不安げに岩場の穴から体を出してみた。
目前でアジがゆらゆらと漂っているのがみえた。満腹でこのうえなく幸せそうな姿にみえた。
鰻は自分が命を縮めている恐怖の間に、利を得ているアジがゆるせなかった。
「おい、アジ君、目を覚ましなよ」
鰻の響きにアジが眠そうに反応した。
「あっ、鰻君。た、大変だったね」
およそ人ごとのような平たい顔だ。
「アジ君、君はボクがチョウザメに追いかけられている間に、こともあろうか、あのキャビアを独り占めしたね」
「それがどうしたというのだい。岩陰に隠れて君が追われている姿を見ていたら、あいつがお腹から卵をこぼしたのさ。たくさんあったキャビアは流れて行ってしまったから、鰻君の食べる分はなかっただろうね。その隙に、いただいただけ。それにしてもあんなにうまいものはいままで食べたことがないよ」
悪びれる雰囲気もなくアジは満足そうに奇跡を思い出している。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
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気づけば、ほんの五間(十メートル)先まで迫っている。
「まずい。鰻君。逃げなければ」
アジが慌てて呟くと、素早くその場から立ち去った。
「アジ君、先に行かないで」
そう鰻が言いかけると、チョウザメが高速でこちらに向かってくるのがみえた。出産間近のため、いらついているのかもしれない。それとも話し声が聞こえたのか。鰻を目がけ鋭く伸びた口先で向かってくる。
鰻はうねうねと全身をゆすり、全力で逃げた。しかし、チョウザメは速い。怒った目つきで突進してきた。揺れる海藻の間に鰻はぬるりともぐりこんだ。しかし、チョウザメは大きな体でワカメの間に入り込んでくる。すぐそこに迫った。その瞬間、チョウザメの口先が鰻の尾びれに触れた。このままでは捕まると焦り、鰻は、丸まってくれ、と懸命に尖った尾びれに力をこめた。するといままで長く伸びていたひれの先が、不意にまるまった。
気づけば、ほんの五間(十メートル)先まで迫っている。
「まずい。鰻君。逃げなければ」
アジが慌てて呟くと、素早くその場から立ち去った。
「アジ君、先に行かないで」
そう鰻が言いかけると、チョウザメが高速でこちらに向かってくるのがみえた。出産間近のため、いらついているのかもしれない。それとも話し声が聞こえたのか。鰻を目がけ鋭く伸びた口先で向かってくる。
鰻はうねうねと全身をゆすり、全力で逃げた。しかし、チョウザメは速い。怒った目つきで突進してきた。揺れる海藻の間に鰻はぬるりともぐりこんだ。しかし、チョウザメは大きな体でワカメの間に入り込んでくる。すぐそこに迫った。その瞬間、チョウザメの口先が鰻の尾びれに触れた。このままでは捕まると焦り、鰻は、丸まってくれ、と懸命に尖った尾びれに力をこめた。するといままで長く伸びていたひれの先が、不意にまるまった。
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