弥吾兵衛(やごべえ)と竜神(1)
弥吾兵衛(やごべえ)と竜神(1)
2024/01/23(火) 08:30
(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
いまの千葉県、下総国の鴇金(ときがね)という場所に大きな湖があった。形がいびつだったため、ひょうたん湖と呼ばれていた。
この場所で、ときどき奇怪で不思議な事が起きた。
湖は、日照りなのに、水かさが増え、近くの田畑を水浸しにした。また湖の水が突然渦をまき、水柱となり、天空に昇るのを見た、という村人もいた。
「あの湖には、巨大な鬼が住んでいるに違いない」
「いやいや、龍をみた、というものもいたぞ」
「大きな麒麟が天高く駆け上るのを目にした、と爺が言っていた」
村人たちは、湖の不思議な現象を口々に噂した。
ある日、近くの海で、弥吾兵衛(やごべえ)という、貧しいが、肝の座った漁師の網に、真っ白な小ぶりのエイが二匹かかった。
漁師の間で、雪よりも白い魚だ、と評判になり、神様の化身ではないかというものもあったため、その優しい漁師は、釣ったエイを大切に持ち帰り、池で育てた。
漁師の庭の池は、広い水路でつながっており、その流れは、ひょうたん湖まで続いていた。
何日か経って、池のエイが不意にいなくなっていることに弥吾兵衛は気づいた。
水路をたどり、ひょっとしたらひょうたん湖に逃げたのではないかと漁師は慌てた。周囲の村では、「ひょうたん湖には近寄るな」と言い伝えられていたので、それであるなら仕方ないとあきらめた。
しかし、あくる朝になって、二匹はしっかりと、庭の池に戻っていた。
不思議なことに、その日を境に、毎日、白いエイたちは、大雨の日も、快晴のときも、庭からいなくなった。漁師はあるとき、一日中、エイの姿を見張った。昼を過ぎたころ、エイは水路を泳ぎ、ひょうたん湖の方角へ向かっていく様子だった。
そのうち、二匹のエイはみるみる成長し、二間(三メートル以上)はあろうかという姿に変貌した。
白い見事な巨大エイの噂は、またたくまに、下総国をこえ、江戸城下にまで広がった。
「ぜひ、一度、余も、その白いエイとやらを見たいものじゃ」
将軍がそう漏らしたらしく、城内では上に下への大騒ぎとなった。
暑い夏の朝、一帯では、殿様、と呼ばれる村の旗本が「たいへんじゃ、たいへんじゃ」と弥吾兵衛のあばら家に駆け込んできた。九百石を有する家柄で、石倉という名の旗本だった。
「おい、おまえの飼っている白い魚を将軍様がご所望じゃという。どこにいる」
弥吾兵衛は慌てることなく、大きな湖の方角を指さした。
「いま頃、あの湖で泳いでいやしょう」
「悠長なことを言うな。その魚を今すぐ江戸に献上せよとのお申しつけじゃ」
「それは無理な話でごぜえやす。二匹のエイは、いまや二間を上回った大きさでございます。大八車程度じゃ運ぶことはできやせん」
「なにぃ」
石倉はその場で、驚きのあまり、のけぞった。白いエイを将軍様にお見せできなければすぐさま己の首が飛ぶかもしれない、と石倉は反射的に足が震えた。
「や、弥吾兵衛、どうすればよいのじゃ? 」
「はて、私にもわかりかねやす」と、曇った表情の弥吾兵衛に、ひとつだけふと思いついたことがあった。
「ひょっとしたら、竜神様にお願いするとよろしいかもしれねえです」
竜神様とは、ひょうたん湖の前に祀られている神社の神様だった。
竜神様がひょうたん湖の中で、大きな麒麟や鬼に時々化けている、という噂もあった。
「竜神様にお供えし、ご機嫌がよろしければ、江戸ぐらいまでなら、エイの二匹や三匹、運んでくれやしょう」
嘘とも誠ともつかない話だったが、石倉はすがるしかない。
「よし、わかった。弥吾兵衛、それにはなにが必要じゃ?」
石倉は二つ返事で、竜神様へのお供えモノや準備を確認しはじめた。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
物語についてのご意見はこちらから
いまの千葉県、下総国の鴇金(ときがね)という場所に大きな湖があった。形がいびつだったため、ひょうたん湖と呼ばれていた。
この場所で、ときどき奇怪で不思議な事が起きた。
湖は、日照りなのに、水かさが増え、近くの田畑を水浸しにした。また湖の水が突然渦をまき、水柱となり、天空に昇るのを見た、という村人もいた。
「あの湖には、巨大な鬼が住んでいるに違いない」
「いやいや、龍をみた、というものもいたぞ」
「大きな麒麟が天高く駆け上るのを目にした、と爺が言っていた」
村人たちは、湖の不思議な現象を口々に噂した。
ある日、近くの海で、弥吾兵衛(やごべえ)という、貧しいが、肝の座った漁師の網に、真っ白な小ぶりのエイが二匹かかった。
漁師の間で、雪よりも白い魚だ、と評判になり、神様の化身ではないかというものもあったため、その優しい漁師は、釣ったエイを大切に持ち帰り、池で育てた。
漁師の庭の池は、広い水路でつながっており、その流れは、ひょうたん湖まで続いていた。
何日か経って、池のエイが不意にいなくなっていることに弥吾兵衛は気づいた。
水路をたどり、ひょっとしたらひょうたん湖に逃げたのではないかと漁師は慌てた。周囲の村では、「ひょうたん湖には近寄るな」と言い伝えられていたので、それであるなら仕方ないとあきらめた。
しかし、あくる朝になって、二匹はしっかりと、庭の池に戻っていた。
不思議なことに、その日を境に、毎日、白いエイたちは、大雨の日も、快晴のときも、庭からいなくなった。漁師はあるとき、一日中、エイの姿を見張った。昼を過ぎたころ、エイは水路を泳ぎ、ひょうたん湖の方角へ向かっていく様子だった。
そのうち、二匹のエイはみるみる成長し、二間(三メートル以上)はあろうかという姿に変貌した。
白い見事な巨大エイの噂は、またたくまに、下総国をこえ、江戸城下にまで広がった。
「ぜひ、一度、余も、その白いエイとやらを見たいものじゃ」
将軍がそう漏らしたらしく、城内では上に下への大騒ぎとなった。
暑い夏の朝、一帯では、殿様、と呼ばれる村の旗本が「たいへんじゃ、たいへんじゃ」と弥吾兵衛のあばら家に駆け込んできた。九百石を有する家柄で、石倉という名の旗本だった。
「おい、おまえの飼っている白い魚を将軍様がご所望じゃという。どこにいる」
弥吾兵衛は慌てることなく、大きな湖の方角を指さした。
「いま頃、あの湖で泳いでいやしょう」
「悠長なことを言うな。その魚を今すぐ江戸に献上せよとのお申しつけじゃ」
「それは無理な話でごぜえやす。二匹のエイは、いまや二間を上回った大きさでございます。大八車程度じゃ運ぶことはできやせん」
「なにぃ」
石倉はその場で、驚きのあまり、のけぞった。白いエイを将軍様にお見せできなければすぐさま己の首が飛ぶかもしれない、と石倉は反射的に足が震えた。
「や、弥吾兵衛、どうすればよいのじゃ? 」
「はて、私にもわかりかねやす」と、曇った表情の弥吾兵衛に、ひとつだけふと思いついたことがあった。
「ひょっとしたら、竜神様にお願いするとよろしいかもしれねえです」
竜神様とは、ひょうたん湖の前に祀られている神社の神様だった。
竜神様がひょうたん湖の中で、大きな麒麟や鬼に時々化けている、という噂もあった。
「竜神様にお供えし、ご機嫌がよろしければ、江戸ぐらいまでなら、エイの二匹や三匹、運んでくれやしょう」
嘘とも誠ともつかない話だったが、石倉はすがるしかない。
「よし、わかった。弥吾兵衛、それにはなにが必要じゃ?」
石倉は二つ返事で、竜神様へのお供えモノや準備を確認しはじめた。
つづく
(*メニュー欄『神社・お寺』から物語のつづきや他の昔物語を今なら全て無料で読むことができます。)
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(*神社やお寺に由来する伝承や日本に残る昔物語。今なら無料で全て読むことができます。メニューの『神社・お寺』から)
いまの千葉県、下総国の鴇金(ときがね)という場所に大きな湖があった。形がいびつだったため、ひょうたん湖と呼ばれていた。
この場所で、ときどき奇怪で不思議な事が起きた。
湖は、日照りなのに、水かさが増え、近くの田畑を水浸しにした。また湖の水が突然渦をまき、水柱となり、天空に昇るのを見た、という村人もいた。
「あの湖には、巨大な鬼が住んでいるに違いない」
「いやいや、龍をみた、というものもいたぞ」
「大きな麒麟が天高く駆け上るのを目にした、と爺が言っていた」
村人たちは、湖の不思議な現象を口々に噂した。
ある日、近くの海で、弥吾兵衛(やごべえ)という、貧しいが、肝の座った漁師の網に、真っ白な小ぶりのエイが二匹かかった。
漁師の間で、雪よりも白い魚だ、と評判になり、神様の化身ではないかというものもあったため、その優しい漁師は、釣ったエイを大切に持ち帰り、池で育てた。
漁師の庭の池は、広い水路でつながっており、その流れは、ひょうたん湖まで続いていた。
何日か経って、池のエイが不意にいなくなっていることに弥吾兵衛は気づいた。
水路をたどり、ひょっとしたらひょうたん湖に逃げたのではないかと漁師は慌てた。周囲の村では、「ひょうたん湖には近寄るな」と言い伝えられていたので、それであるなら仕方ないとあきらめた。
いまの千葉県、下総国の鴇金(ときがね)という場所に大きな湖があった。形がいびつだったため、ひょうたん湖と呼ばれていた。
この場所で、ときどき奇怪で不思議な事が起きた。
湖は、日照りなのに、水かさが増え、近くの田畑を水浸しにした。また湖の水が突然渦をまき、水柱となり、天空に昇るのを見た、という村人もいた。
「あの湖には、巨大な鬼が住んでいるに違いない」
「いやいや、龍をみた、というものもいたぞ」
「大きな麒麟が天高く駆け上るのを目にした、と爺が言っていた」
村人たちは、湖の不思議な現象を口々に噂した。
ある日、近くの海で、弥吾兵衛(やごべえ)という、貧しいが、肝の座った漁師の網に、真っ白な小ぶりのエイが二匹かかった。
漁師の間で、雪よりも白い魚だ、と評判になり、神様の化身ではないかというものもあったため、その優しい漁師は、釣ったエイを大切に持ち帰り、池で育てた。
漁師の庭の池は、広い水路でつながっており、その流れは、ひょうたん湖まで続いていた。
何日か経って、池のエイが不意にいなくなっていることに弥吾兵衛は気づいた。
水路をたどり、ひょっとしたらひょうたん湖に逃げたのではないかと漁師は慌てた。周囲の村では、「ひょうたん湖には近寄るな」と言い伝えられていたので、それであるなら仕方ないとあきらめた。
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