全国名字めぐりの旅 第187回 長野県(8)
全国名字めぐりの旅 第187回 長野県(8)
2024/05/10(金) 08:30
今回は中沢さんである。
長野県の中沢さんの多くは駒ヶ根市中沢から発祥した。ルーツは諏訪大社上社の大祝(おおほうり)(神職)諏訪氏で、諏訪範真の子真重が中沢の地に住み着いて中沢神太と名乗ったことに始まる。
諏訪氏については宮下さんのところでも触れたが、県内で多くの一門末葉を輩出しているので、もう少しエピソードを紹介しよう。 諏訪氏は神職であると同時に武士団の首領でもあった。分家や国侍たちを率いて積極的に政治、軍事に関わったが、運命の岐路に立たされたこともあった。源平合戦のときである。このとき源氏につくか、平家につくかでその後の道が大きく分かれた。大祝が悩んでいると、夢に祭神が現れて、手に持っていた軍配の梶の葉を白旗のほうに振り下ろしたという。源氏は白旗、平家は赤旗である。これで決まった。諏訪氏は源頼朝に加勢を申し込み、勝ち組になることができた。これを記念して梶の葉紋を使うようになったといわれる。
その後、中沢氏は諏訪宗家に従って戦国時代を生き抜き、江戸時代になると多くは帰農して庄屋(村長)などになった。家紋は沢瀉(おもだか)巴(ともえ)も使う。
長野県の中沢さんの多くは駒ヶ根市中沢から発祥した。ルーツは諏訪大社上社の大祝(おおほうり)(神職)諏訪氏で、諏訪範真の子真重が中沢の地に住み着いて中沢神太と名乗ったことに始まる。
諏訪氏については宮下さんのところでも触れたが、県内で多くの一門末葉を輩出しているので、もう少しエピソードを紹介しよう。 諏訪氏は神職であると同時に武士団の首領でもあった。分家や国侍たちを率いて積極的に政治、軍事に関わったが、運命の岐路に立たされたこともあった。源平合戦のときである。このとき源氏につくか、平家につくかでその後の道が大きく分かれた。大祝が悩んでいると、夢に祭神が現れて、手に持っていた軍配の梶の葉を白旗のほうに振り下ろしたという。源氏は白旗、平家は赤旗である。これで決まった。諏訪氏は源頼朝に加勢を申し込み、勝ち組になることができた。これを記念して梶の葉紋を使うようになったといわれる。
その後、中沢氏は諏訪宗家に従って戦国時代を生き抜き、江戸時代になると多くは帰農して庄屋(村長)などになった。家紋は沢瀉(おもだか)巴(ともえ)も使う。
今回は中沢さんである。
長野県の中沢さんの多くは駒ヶ根市中沢から発祥した。ルーツは諏訪大社上社の大祝(おおほうり)(神職)諏訪氏で、諏訪範真の子真重が中沢の地に住み着いて中沢神太と名乗ったことに始まる。
諏訪氏については宮下さんのところでも触れたが、県内で多くの一門末葉を輩出しているので、もう少しエピソードを紹介しよう。
長野県の中沢さんの多くは駒ヶ根市中沢から発祥した。ルーツは諏訪大社上社の大祝(おおほうり)(神職)諏訪氏で、諏訪範真の子真重が中沢の地に住み着いて中沢神太と名乗ったことに始まる。
諏訪氏については宮下さんのところでも触れたが、県内で多くの一門末葉を輩出しているので、もう少しエピソードを紹介しよう。
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《ぱぴぃ》